何十回、何百回
「じゃあ、またね」
通話の終了ボタンを押すと、どっと疲れが押し寄せてきた。体温が少し下がったようだ。手の先は冷たくて、ただ表面には汗がにじんでいた。
自分を偽るのは苦しい。ただ、電話越しに話す故郷の友人たちには、今の素の僕で接することはできなかった。誰にも見られたくない。誰にも、今の自分を知られたくない。故郷を離れて三年になる。その間一度も、今の自分を正直に話したことはなかったと思う。いつも誇張した自分が電話口の前に立っている。僕はそれを陰から見ているだけだ。上ずった声で話す彼を見て、僕の胸は麻縄で締め付けられるように擦れて痛い。
ただ、故郷に残してきた友人たちを半ば見下したようにふるまってきた僕には、もう膝をつくことは許されない。僕の語る僕がどれだけ今の僕からかけ離れようと、もうこの距離を縮めることはできない。だから僕はいつまでも、嘘をつき続けている。
自分の行いは正しいと信じていた。船出することが、人生を悔いなく終えるためには必要だと信じていた。いつかどこかで読んだ本に書いてあったことだ。ただそのためには、目的とそれを実現するだけの熱量が必要なのだと、二年たった日にようやく気付いた。僕はただ酔っていただけ。他の人とは違う自分に浸っていたかっただけだと。友人たちと違う道を選んだ、その時点で満足してしまって、僕はそれきり前に進んでいない。そのツケを、今払わされている。アルバイトもろくに続かず、貯金を切り崩してばかりだ。食事を抜くことも多くなった。ただ、誰にも頼ることはできない。それが僕の選択だから。僕は嘘をつき続けている。気にかけてくれる友人たちを、ずっと欺き続けている。
週に一度か二度、故郷の友人たちは電話をくれる。それは近況を聞くものだったり、伝えるものだったり。一人、街を離れた僕の話を聞きたがっているのだろう。電話の着信音がなるたびに、僕の体は期待に応えねばとこわばる。けたたましい音に、手が震えるようになった。もはや数少なくなった人とのつながりなのに、最近は煩わしくも感じている。一人でいたい。でも一人でいると押しつぶされそうだ。電話に出ない弱い僕は、彼らには知られたくなかった。だから僕は、たとえ電話に出られなくても、必ず折り返す。
電話が終わるたびに、「これを最後の嘘にしよう」と思う。きっとこれが最後の嘘になるはずだと、自分に言い聞かせ、奮い立たせる。ただもう、現実に打ちのめされた僕の体は思うように動かない。涙が流れるのも不意になった。ときどき声をあげたくなる日がある。擦れた声が、誰かに不審がられないだろうか。きっとそれも全部言い訳に過ぎないのだ。
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