大ウソツキ殺し

 大ウソツキが捕まった。彼は嘘をつかずにはいられない性分だった。周りの人皆に嘘をつくのはもちろんのこと、時には自分すら欺いて、その嘘は国を傾けるほどの事態にも発展した。国民たちはかの大ウソツキを殺せと大合唱した。ただ、罪で人を殺すことは法が許さない。大ウソツキは処分もままならぬままに、拘置所に幽閉された。国民たちは、皆悶々とした日々を過ごしていた。

 拘置所の中でも、大ウソツキは嘘をつくことをやめなかった。皆が嘘ばかりつく彼のことを気味悪がった。警官ですら近寄ることを拒んだ。この国では、嘘をつくことは大罪とされている。過去幾度も、世界は嘘によって滅ぼされている。その歴史は研究対象とすることもタブー視されるほどに、皆の恐れの的となっていた。司法の人々も前例の残っていない事態に狼狽し、日夜堂々巡りの議論を繰り返していた。

 そこに、一人の老紳士があらわれた。彼は西の国から来たとだけ自身を説明した。目を患っているらしくサングラスを常にかけていて、薄茶色のスーツを身にまとっていた。顔に刻まれた深いしわは彼の人生の深さを物語っている。彼だけは大ウソツキを怖がることはなかった。何度も大ウソつきと対面し、彼のほら話をうなづいて聞き入れ、ただそれによって行動を変えることはなかった。

「やぁ、確かに彼は大ウソつきのようです。今この時代には珍しい存在だ。どれ、ここはわたくしに一つお任せいただけないでしょうか。私が彼を、皆が納得いくように裁いて見せましょう」

 裁きの決まらない日々は国民皆を疲弊させていた。社会全体が停滞をはじめ、国民生活にも影響が出ていた。食品の流通は滞り、娯楽作品、文化作品も混沌とした社会情勢を映し出す。皆のため息が屋根の下を満たして、皆の表情に影が差していた。

 そういった状況を受け、司法の人々は、老紳士に行く末をゆだねることに決めた。司法の人々も責任の重圧や皆の様子に焦りを感じており、その重荷を下ろすきっかけを欲していたのだ。そうして、大ウソツキは老紳士に引き渡された。

 老紳士がとった手段は非常に明快だ。大ウソツキに、ある薬を服用させたのだ。小瓶に入れられた緑の液体。その薬は、はるか昔に、この国の人々に向けて散布されたものだった。

 大ウソツキは抵抗しなかった。ただ、嘘をつくこともやめなかった。老紳士は薬を注射器に移し替え、大ウソツキに注射した。

「きっと、これが最後の嘘になるだろう」

 大ウソツキがその後嘘をつくことはなくなった。彼は誰よりも正直者になり、何も疑うことはなかった。

 皆はこの結末に歓喜した。大ウソツキの異常が正され、自分たちの社会に飽和したのだと喜んだ。みるみる国民生活は改善し、また元の暮らしに戻っていった。

 老紳士は、誰も知らぬ間にどこかに消えた。

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