画廊社会
僕は飾られている。画廊の一番奥だ。画廊には日々20人程度の人が訪れて、絵を見ては口々に感想を述べていく。買われていった絵も何枚かあった。彼らは特に、派手で奇抜なやつだった。来る人々はみな裕福な服装とふるまいをもっていて、しかしどこか余裕がないようにも見えた。僕のいる画廊の一番奥まで、誰か来たことは一度もない。ちょうど死角になっていて、僕の存在も、このエリアの存在も、入り口からは見えなくなっている。この画廊の主人ですら、僕の存在を覚えているのか定かではない。だから、僕のことを見た人は今までほとんどいなかった。ただ、僕にとってこの環境が何より魅力的で、安心できるものであったことは、言うまでもない。
人気のある絵の前には、いつだって人が訪れる。そうして彼は値踏みされて、やれここがいい、ああここがだめだと評価にさらされる。彼の心境は定かではない。自分を誇らしく思うのだろうか。評価されることに悦を感じているのだろうか。他人の目にさらされる彼が、僕にはひどく窮屈に見える。
その点、僕は自由だ。誰の評価の目にもさらされたことはない。僕と向き合うのは他ならぬ僕自身だけ。人に見られることは、自分自身の価値を人に決められてしまうことだ。僕は僕だけの物差しで生きていきたい。そうすれば、自分がすべての正義を抱え、正しいと妄信して生きていける。自分が濁らずに済む。人が近づくたびに、焦りで冷や汗が流れる。足音は、恐怖の対象でしかない。誰の息遣いも聞きたくない。ここまで来るな。そう祈ってばかりの毎日だ。
僕の足元には値札と名前が掲げられている。だがちょうど僕からは見えない位置にあって、僕は僕がいくらの値打ちで売られているのか、どういうコンセプトで作られ、どういう役割のためにここに存在しているのか、知らない。名前すら知らなければ、僕の解釈は無限大だ。この世界のすべては僕と同一で、僕はすべての世界と結びついている。誰も線を引いていない真っ新なキャンバスの上に、自由に線を引くことができる。この世界を、誰にも侵されたくなかった。何も知らない、財布だけもって値踏みする他人に、僕を定義されることが怖くて仕方なかった。息をひそめて、僕は自由に浸っている。見られる絵、買われていく絵を憐れみながら、僕はいつも画廊の隅で、自分と向き合っている。
いつからか、僕の前に鏡が置かれていた。少し離れた位置にあって、ちっぽけな鏡に見える。それが幸いして、値札も名札も見えなかった。ただそれ以来、ふとした瞬間に不安に襲われるようになった。このちっぽけな鏡が、まるで僕の世界のすべてだと、そう言われているような気がしてならないのだ。
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