君が落ちてくる空をゆく

 最近の街の話題は、空から生き物が降ってくる現象で持ち切りだ。最初は蛙に始まり、ヘビやらカラスやらが、ここ一週間で続々と空から降ってくるようになった。場所は限定されていないが、一貫して、この街近辺でのみ発生している。みな刺殺されたような跡が残っていることから、警察も動いているようだが、この怪奇現象の正体は、いまだ皆の憶測の中にしかない。

 かくいう僕も、この現象には深い関心を持っていた。クラスメイトがこの噂を話していれば、当然に聞き耳を立てた。話を振られた際には、適当な相槌を返した。この一週間の間で、生き物の種類は徐々に大型のものに推移している。次は猫ではないか。犬ではないか。みながそう噂して、そして、それが現実となるのもそう遠い未来ではなかった。

 最初の犬は市民プールの裏手で見つかった。腹に深々と刺された跡があり、また、落下の衝撃で骨は砕けていたらしい。この事件から、ファフロツキーズは街の人々に深い実感をもって刻み込まれることとなる。その犬は、数年前に行方不明となっていた犬だった。飼い主が泣きわめく姿を見て、面白半分に噂を掻き立てる者は少なくなった。深刻な事件として、あるいは恐怖に満ち満ちて、皆の間に噂ははびこる。もともと、この街は神隠しが多い街だった。この現象がどういった原理で起きているのかは、科学の先生にもわからないようだ。ただ、次は人が降ってくるのではないか。皆がそう考え始めるのは無理のない話だと思う。

 すぐに、この街の行方不明者のリストが作られた。行方不明となった近辺には、捜索隊が駆り出され、ネットを構えて、たとえ死んでいたとしても、傷つかず遺体を回収できるよう組織された。

 僕は、一人学校近くの雑木林に来ていた。次に落ちてくるであろう場所はここだと思った。小学生のころ、秘密基地を壊した思い出がある。誰かがせっせと集めた枯れ木やら石やらを剥がして、自然に返してやった。きっと今日、彼女がここに落ちてくるだろう予感があった。

 夕方を過ぎるころ、僕は空に人を見た。僕が中学生のころに行方がわからなくなった、同級生の彼女の姿だ。彼女は何もない空にふわりと現れて、この林の中に落ちてきた。あの時は木陰だった。だから、落ちてくるときもうまく葉がクッションになったようだ。彼女の姿はあの頃と変わりなく、きれいなままだった。

 空は返しているつもりかもしれない。僕には迷惑な話だ。ただ、彼女にもう一度会えるなら、迷惑を帳消しにして余りあるほどの勘定になる。彼女の傷口をなでながら、僕は過去に思いを馳せている。沈む夕日とどっちつかずの季節が僕と彼女の境目をあいまいにして、手遅れであることをほのめかした。

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