机上から

 夜、受験勉強をしていると、背後でボトリと落ちる音がした。振り返ると、ベッドの上にペンケースほどの大きさの黒々とした物体が横たわっている。どこから落ちたのか、見当がつかない。

 地震の時何か倒れてきてはいけないと思い、ベッド周りには何も高いものは置いていなかった。誰かが投げたとは思いたくない。誰もいないはずのこの部屋で、そのような悪さをする奴は潜んでいないと信じたい。

 僕はペンを置いて、タイマーと作業用BGMを止めた。ペンはノートの傾斜に沿って転がって、危うく落ちそうになった。

 作業用BGMを止めると、部屋は瞬く間に静寂に包まれて、椅子のきしむ音だけが響いた。顔の内側が熱くなるのを感じる。ただ、皮膚は嫌に冷たい。体温が恐れをなして、内へ内へと向かっているようだ。傷ついてもいい肉体だけが、前面に押し出されて震えている。黒々とした物体は天井から落ちてきたヒルのように思え、15センチの定規を握っても心が休まることはなかった。

 ただ、僕にとっては、今は勉強のほうが優先度は高い。来週には前期試験を控えていて、将来を考える上での大事な局面だ。不意に湧いた落ち物に、時間を取られるわけにはいかなかった。定規で物体をつつくと、妙に弾力があった。つついた定規の先を見てみると、赤茶けた濁り湯のようなものがついている。しかし、妙に粘っこい。鉄臭い匂いがして、僕はいつかの鼻血を思い出した。

 それは肉の塊だった。一部に皮膚が残っていて、人間によく似ている。どこから生まれたのだろうか。部屋を見渡してみても、心当たりはない。ティッシュでは到底扱いきれなかったので、ビニール手袋をつけて肉の塊に触れた。まだ生暖かい。今ちょうど、誰かからちぎれてしまったようだ。やり場に困り、応急処置としていらないプリントでくるみ、ベッドの裏の見えないところにおいた。ベッドには赤黒いシミが残っている。夜寝るまでにきれいにできるだろうか。今日この布団を使うことは、あきらめたほうがいいかもしれない。

 机に戻ったが、当然のように頭の片隅には肉塊が残って離れない。文章題のテキストが浮いて、ふわふわと霧散していく。放置したベッド裏から、肉塊がこちらを覗いているように感じる。僕の見ないところでもまだ、血が流れ、脈打っているように感じる。また、ボトリと落ちる音がした。二つ目の肉塊が、また同じところに落ちている。お腹と頭が痛くなった。次同じことが起きれば、もう耐えられないかもしれない。二つ目の肉塊もまた一つ目と同じところに隠す。一つ目の肉塊は変わらぬ様子。いや、もしかしたら色形は変わっていたかもしれない。直視できない。また僕は、勉強に戻る。一週間後には、このように悩まされることはなくなるだろうか。ペンを握る。作業用BGMが、妙に安っぽく聞こえた。

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