手紙

 宛先は私で、差出人も私。はがきサイズの封筒は、茶けた色をしている。角は少し擦れていて、何年かは前の手紙のようだった。

 私には、未来の自分への手紙を書いた記憶はない。気恥ずかしいようなタイムカプセル物には、なるたけ手を出さないような人生だ。ただ、私の名前を書く時の門構えの丸みが、なんとも私の慣れ親しんだ筆跡に近しい。消印は二日前だった。つい最近出された手紙であることは間違いなさそうだ。切手の柄は見たことのない植物だった。名称がカタカナで書いてあるが、規則から外れているような、喉奥がむずがゆくなるような命名だ。私の無知を晒すのは不要にしても、どうにも、この手紙が私の興味を引いたことは間違いない。

 新手のオレオレ詐欺のたぐいかとも思った。私の書いた文字をどこかで手に入れた悪人Xが、金銭の振り込みでも求めているのかもしれない。私の頭の中に悪人Xの像がぼんやりと浮かんで、どこからかやってきた警察が連れて行った。

 他人宛てとわかっている封筒を開けてしまえば罪に問われる。ただ、私に宛てた私からの手紙である場合はどうだろう。また貼りなおせるように、糊がついている部分をペーパーナイフで慎重にはがした。中から出てきたのは封筒と同じ色の便箋3枚。私に似た文字が躍っている。糊のせいか、時代のせいか、ぱりぱりとくっついてめくりにくい。紙は丈夫で、破れてしまう心配はない。ただ、唯一の証拠を扱うように、私はこの手紙に対して慎重に接した。

 一行目は宛先。私宛であることが明示されている。そこから数行は、時節のあいさつと、この手紙を受け取る私への共感が連ねられている。見も知らぬ私に突然手紙を送りつけられた気持ちなど理解されたくもないが、この手紙に返事を書いたとしても、受け取るのは私だろう。寝言を聞くように先を読み進める。一枚目は取り留めのない話ばかりだった。問題は二枚目からで、見たことのない漢字がいくつも並んでいる。例えば「見」という漢字には上の蓋がない。よく見れば「私」も、右側がムではなくスだ。そこかしこに違和感があって、あまりの読みづらさに手紙を投げ出したくなった。三枚目になるとそれはさらに顕著になり、読める文字すらほとんどない状態になってしまった。疲れているのだろうか。私は薄気味悪いこの怪文書の始末を考えていた。手紙の片隅に、小さな文字で走り書きがあるのに気づいた。

『この手紙を受けとった、いつかの私へ。もしあなたが読めなければ、それは機が熟していないということだ。この手紙は受け継がれなければならない。いつかの私へ。いつかの私が、きっと必要とするだろうから。』

 つまり、今の私はこの手紙が求める条件を満たしていないということだ。私は丁寧に封筒に便箋を戻して、また糊をつけた。いい香りのする糊にしておいた。切手を改めて、私の家のポストに投函した。瞬きした合間に、手紙は跡形もなく消えていた。

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