ダチョウの脚①

 その王は、姿を変えて市場に繰り出すのが束の間の楽しみだった。国を動かすというのは一人の人間の肩に負わせるには重すぎる。王ならば王らしく質実剛健にふるまわねばならない。彼が心休めることができたのは、王という身分を離れ、ただ一人の顧客となって、市場で商品を眺めている時だけだった。

 ある日のこと、いつも通り人知れず市場に繰り出した王は、見知らぬ店ができているのに気づく。素知らぬ顔をした店主が、品々を売りつけようとしている。新しく店ができるという話は、配下の誰からも聞いていない。王は違法のものかと訝しんだが、今、彼は王ではない。仕事と趣味との切り分けは重要だ。いかに外法のものであろうとも、今の彼が口を出すことではない。

 両手を広げてちょうど程の大きさの台に商品が並んでいる。どれも適正価格よりいくらか安い。これは均衡している市場に対する挑戦だろうか。あまり見ないような品もあり、王はこの商人を歓迎する心持だった。籠に、鳥の脚が一つ、入っている。

「主人、これ、この脚はなんだ?」

 王が関心を持ったのをこれ幸いとばかりに、商人はもみ手をしながら立ち上がる。

「やぁやぁ、お目が高い。これはダチョウの脚でごぜぇやす。東方由来の一品でさぁ。めったにお目にかかれる代物ではございませんぜ。おひとついかがでしょう」

「ふむ」

 異国ではこのような代物も大手を振って売りさばかれているのだろうか。脚には紙切れが巻いてある。値札か。

「面白い、いくらだ、一つ買おう」

 王は面白い土産ができたとほくほくで城に帰った。

 城に帰ると、また「王」に戻らねばならない。しかし王は、土産一つで浮かれ、憂うことはなかった。夜、皆が寝静まったころに、王は隠し持っていたダチョウの脚を、こっそりと寝室に置いた。

 使い方を聞いていなかった。魔よけのたぐいだろうか。見れば見るほどにおぞましい。しかし不可思議な魅力があるのも確かだ。値札の紙をするりと外して、脚だけにした。

 紙になにやら世迷いごとが書いてあることに気づく。

 曰く、王の側近の一人が謀反を起こそうとたくらんでいるとの。

 それは、王も信頼を寄せる男だった。長く王政に力を尽くし、野望などかけらもない男だ。商人に一杯食わされたか、自身のひそかな安寧が脅かされたかと、王は恐れた。

 しかし翌日、実際に彼の男は裏切った。ダチョウの脚の予言と同じことが、間もなくして起こったのである。

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