切った記録

 各駅停車でふらり、普段は車窓から見飛ばしているような駅に降りた。さびれた商店街が、駅の南口側に大口を開けていた。自転車禁止の看板と、自転車で颯爽と入っていく買い物帰りの老人。シャッターで閉まっている店がほとんどで、コンビニと薬局の電気がついている。その中で、僕が錆びたシャッターが覗く金物屋を「まだ開いている」と判断できたのは、奇跡に近いことだったろう。

 ひとところに押し込めたような狭い店だった。包丁やらのこぎりやらがショーケースにかろうじて収められている。ただし、そこに秩序めいたものは感じられない。今にも凶器となって僕の頭上から降ってこないとも限らない。ほんの気まぐれだ、店に入ろうと思ったのは。目を凝らすと、ぎしぎしと煩い椅子に座る老人の姿が、かろうじて見えた。何も買う気はなかった。いわば冷やかしだ。しかしそこで時間を過ごすうちに、何か買ってもいいという気になった。小さいころから、物の風情を感じるような場所が好きだった。その中で、明日にはなくなっているかもしれないこの古びた金物屋は、何よりも魅力的に写る。

 僕は、一振りの包丁を買った。牛刀包丁で、料理にでも使おうかと思った。今使っている包丁は、一人暮らしを始める時に適当な店で適当に買ったものだ。置き換えることに抵抗はない。家に持ち帰って包装をといた時にはじめて、包丁の柄の部分に爪楊枝で押し込むような小さなボタンがついていることに気づいた。

「〇〇年、○月、○日」

 ボタンを押し込むと、包丁のどこからか音が漏れてくる。無機質な機械音声。留守番電話を読み上げる声に似ている。何より惹かれたのは、その内容だ。

「豚……大根……玉ねぎ……」

 包丁は、日時とともに、その切った内容を告げ始めたのだ。

 中古品をつかまされたようだ。別に新品とも書いていなかった。いかにも不気味な包丁は、淡々と自身が切った内容をふりかえっていく。面白いおもちゃが手に入ったと、僕はほくそ笑んだ。記録は三年前から始まっていた。夜の勉強のおともはこいつの音声にしようと決めた。

 夜が明けても、包丁は記録を読んでいた。いい加減にうるさい。しかし時期はもう半月ほど前まで来ており、「今」にたどり着くまでは待とうと決めた。三か月前まで来て、包丁はぶつりと読み上げをやめた。どうやら売られたようだ。思いのほか、最近あの店に流れた品だったらしい。

「人間……」

 包丁は忘れていたようにそう呟いて、また静かになった。

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