空落ちて町
A町周辺は、土地全体がへこんだような地形だ。冬には風が吹き込んで、ホワイトチャペルの亡霊なんて呼ばれている。夜風の吹き荒み、夜歩く人々をもてあそんで回る姿が、その由来のようだ。どこかの作家気取りが考えたのだろう。かくいう僕も、その呼び名は気に入っている。
この街には噂が多い。江戸時代という時分には妖怪のたぐいもどこより多く湧いたそうだ。日常生活のそこかしこが種となって、いったいどこまでが本当なのかもわからない。冗談のようにみえる都市伝説こそ、むしろ本当であるのがこの世の常だ。鼻歌交じりに夜道を踊り歩いていれば、どこぞの亡霊に喉元を掻っ捌かれかねない。
僕には特にお気に入りの噂がある。四年目の任期を迎えた図書委員が教えてくれたものだ。その噂は、この街の成り立ちに関するものだった。
この街は土地全体がへこんだような地形だ。六〇キロ四方の街のどこから外に出ようとも、必ず上り坂をのぼらなくてはならない。洪水やら川の氾濫やらが起きればひとたまりもないだろうに、この方、浸水の被害が出たことはないらしい。
噂、というのはそのことにもつながってくる。図書委員が言うには、この街の下には大きな地下世界が広がっているのだという。それはちょうど、この街と同じ大きさほどの。今の科学技術があればそれほど大きな空洞、見つかってしかるべきだと思うのだが、これが噂である以上、野暮な物言いはするまい。浸水でこの街が沈まないのも、大きな地下空洞が受け皿になっているからだと言うのだ。図書委員のたわごとは、それだけにはとどまらない。次の話は、この街の成り立ちにもつながってくる。
A町下にある地下都市。図書委員はこの地下世界というのが、昔は空中に浮かんでいたと主張するのだ。なんとも突拍子もない話である。この街がくぼんだような形をしているのは、その墜落の影響である、それが根拠だと図書委員はまくしたてた。「噂」としては上出来だ。ただ、この話を真に受けて地面を掘り出す者は、スコップを買ってもらったばかりの小学生くらいのものだろう。
僕は図書委員の彼を土の中に埋めた。念には念を、というやつだ。
地下都市の噂。それは事実だ。僕が、その地下都市の出身だから。噂は好きだ。僕たちに近づくものの存在が、浮き彫りになる。図書委員の彼は実におもしろいやつだった。僕たちの仲間にいれてもやぶさかではないくらいに。
この街には噂があふれている。普遍的な噂。すこしひねったような噂。そして、あまりにも突拍子もない噂。人はリアリティのある噂にこそ惹かれる。僕たちの地下都市が、数ある噂の中の一つとして消化されてしまうことが、僕たちには好ましい。
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