豆を開ける
節分で撒いた豆を拾い集めていると、そのうちの一つに、鍵穴がついていることに気づく。切った爪のような小さな鍵穴。汚れか痣かと見紛う。けれど、検めれば検めるほどに、それは小さな鍵穴だ。
念のためにほかの豆も確認する。しかし、鍵穴がついているのはその一つのみだった。他の豆は丸っとしていて、なんの疑いもない。ぽりぽりとほかの豆をかじりながら、豆の鍵穴を開けることを目論む。
爪でひっかけると、欠けてしまうような脆さだ。だから、開錠には慎重を期さねばならない。クリップを引き伸ばして即席のテンションとピックを作る。そうして、ゆっくりかりかりと、豆の鍵穴にアプローチする。
しばらくは、人生の意味を問いたくなるような繰り返しが続いた。素人に容易く開けられるような代物ではない。ただ、業者に話したとて、平静な反応が返ってくるとは思えない。僕だけの発見を侵されてしまうような感覚もある。この中身を確かめるまでは、誰にも知られたくないのだ。
携帯で、カギを開ける方法を調べるほかない。犯罪かトラブルかでしか使わない知識。当局に目を付けられぬよう、あくまでトラブルによるものと強調した検索条件を入力する。それでも、長く続けていれば、いつか誰かがかぎつけるやもしれない。
豆の中になにがあるというのだろう。想像は膨らむ。鍵の開かぬ時間が長引くほどに、期待や恐れは僕の中で増していく。小宇宙か、小人の世界か、陰謀論の真相か、はたまた徳川の埋蔵金か。何があろうと、僕は慎重にならねばならない。この秘密は、たとえ好きな人相手でも、おいそれと話すべきではない。
カーテンの隙間からは、もう光はこぼれない。暗く手元が見えづらい。デスクライトを点ける。光の下に明にさらすと、ほかの豆とは色合いが違うように見える。
本当に僕の撒いた豆だろうか。撒いた豆の行く先など、すべて把握していない。撒いた数と一致していたとしても、見逃した一つがあるかもしれない。もしくは、去年の拾い残しだろうか。たとえ僕の撒いたものでなかったとしても、僕はこの豆を僕のものとして受け入れる腹積もりだ。
手ごたえがあった。小さな手ごたえではあったが、錠前の中で、クリップががしっとかみ合っているのが分かる。敏感になった指先が、そのかすかな振動を感じ取っている。おなかの裏を、冷たいヘビが這う感触。机の上のほこりをなでるように、クリップをひねる。
玄関のほうで、錠の開く音。僕は恐る恐る玄関に目を向ける。何もいない。誰もいない。豆の錠の先を見ることは、もう怖くてできなかった。
臆病にゆら揺れる僕の眼球が、こちらを覗いている予感があった。
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