砂場の海

 おかあさんは今日も帰ってこない。ぼくはいつも通り、家の近くの公園で遊んでいる。いろんな遊びを試したけど、全部すぐ飽きてしまう。最後に残るのはいつも砂遊びだ。

 みんな、ぽつぽつと帰っていって、最後に残るのはいつもぼく一人。寂しいって言ったらおかあさんがいなくなっちゃうって知っている。だから、わがままは言わない。暗くなった公園の怖さは、毎日いても変わらない。木の陰から知らない人が覗いている。公園の遊具がひとりでに動きだして、ぼくを誘っている。ぼくは目の前の砂場に集中する。四角形のこの囲いの中は安全地帯。この砂場が、ぼくを守ってくれる。

 誰かが忘れていった黄色いスコップと、ピンクのバケツがぼくの遊び相手。みんなに話しかけることは怖い。そんなぼくに、誰かが話しかけてくれることもない。がりがりと砂をほじくる。スコップに乗せてひっくり返す。砂はさらさらと流れて元の形に戻っていく。

 耳は、ざざん、という音を聞く。

 ざざん、ざざんと、リズムにのって音は聞こえる。

 何の音だろうとあたりを見回してみる。砂場に白いぶにゃぶにゃが落ちていることに気がつく。不気味で、スコップでつついたりした。図書室で見た、写真のくらげに似ている。誰かの忘れ物か。生きてはいないようだったので、砂をかけて、埋めてあげた。細い木の枝を拾って、その場所に突き刺しておいた。ざざん、という音は大きくなるばかりだ。

 潮の匂いがする。ずっと前、お父さんがいたころに海で嗅いだ匂い。後を目で追いかけると、砂場の先に海が広がっていた。公園の途中から世界が変わったみたいに、海が広がっている。もともとそこにあった遊具は、だんだんと薄くなっている。

 スコップを地面に落とした。海の水は、寄せては引いてを繰り返している。ぼくを手招いているみたいだ。手をこすり合わせてから、海の水に触ってみる。蛇口の水とは違った感触。すこしざらざらしているみたい。砂場に線を引いて、海の水を引いてみる。海の水には縄張りがあるみたいで、途中まで水が流れたところで、止まってしまった。

 くらげがまた流れ着く。この子もまた死んでいるみたいだ。この海の先には何があるのだろう。亀が流れ着いたなら、ぼくを海の底に連れて行ってくれるだろうか。

 ピンクのバケツに海水を一杯すくった。流れ着いた二匹目のくらげも、スコップでバケツの中に入れた。くらげはちゃんと重かった。これをぼくの宝物にしよう。

 また、スコップでかりかりと砂を削る。海の水のせいで、砂はスコップにへばりついて離れない。

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