旅する村③(終)

 翌朝、僕たち七人が目にしたのは、悠然と広がる砂浜だ。潮の香りが頬にへばりついて、汗と混ざる。常夏の温かさに体温が気づいて上昇した。寝覚めはよいとは言えなかった。ただ、それこそが南国の醍醐味であり、不快感はない。七人はおのずと薄着になって、環境に適応していく。

「海辺に出ましょう」

 誰かが言った。誰も異論を唱える者はいなかった。僕たちは各々自由な格好で、砂浜に繰り出した。海は本物だ。砂が足をくすぐって、死んでいないことを確かめる。生ぬるいような海には物足りなさがあった。村は動こうとしない。海辺ではしゃぐ七人を見ているだろうか。僕たちはお構いなしに、海辺でのひと時を楽しんだ。仕事のことは忘れていた。夜の数が正しければ、今日は休日のはずだ。公務に従ずる者、休日はきちんと得なければならない。そう理屈をこねて、仕事中であることを棚に上げる。海の温さのせいにする。

 帰ったとき、村がなくなっているのではないかと不安を感じはしたが、村は変わりなく僕たちを待っていた。村が動くなど嘘のよう。民家の一つでシャワーを借りた。服もまた民家から拝借した。同じような服を着た七人が、居間にずらりと並ぶ。気づけばどこからか温かい食事が湧いている。

 誰も帰りたいと言い出す者はいなかった。それがこの隊の総意だ。今この瞬間に給料が発生しているかは定かではない。この村で過ごす日々に、皆順応し始めていた。恐れは海に流されてしまったようだ。みなリラックスした表情で、食事にありついた。

「さて、明日はいずこに行くのでしょう。風情あるところがいいですね」

「この旅を楽しみ始めていないか?」

 沈黙。みな図星だった。仕事続きの日々から抜け出して繰り返す自堕落な日々の虜となっていた。引き返すことの難しさを知りながらも、見ないふりをして、この怪異のせいにしてしまう。

 この村も、それを望んでいるであろうことはわかっていた。歓待ぶりもさることながら、この村は僕たちを手放さないだろう予感。この旅する村は、旅の同胞を求めているのだ。そして、僕たちはそれに選ばれた。人の受け皿はいくらでもある。その中ではじめて捕まった僕たちを、村が手放すものだろうか。村は人間に使われるために存在している。彼は彼自身がアイデンティティを見失わないためにも、僕らを必要としているのだ。

 七人もそれを歓迎した。誰の意志にも差分はなかった。それぞれの主張を溶かし合いながら、僕たちは意志を捨てて、この快楽におぼれていった。恐れるものはいなかった。これが最適解だと、脳のあちこちが叫んでいる。

 同じ顔をした七人が、満足げにごろんと横になった。

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