洪水のある部屋

 「濡れている」予感は的中していた。うたたねから帰ると、横になった僕の半身は、どこから湧いたのかもわからない水に満たされている。齢二十三にして漏らしてしまったか、焦る。しかしその水域を見るほどに、初動の焦りは打ち砕かれる。

 水は、布団の上だけに収まらない。敷布団を超えて、部屋のすべてを平等に濡らしている。最近聞き始めたバンドのアルバム──サブスクばかりの僕が、背伸びして買ったアルバム。大学時代に使っていた教科書、買い溜めておいた水、置物と化したギター。何もかもが平等に濡れている。

 飛び起きると、水が合わせて飛び跳ねた。頬半分を濡らした水滴が、不愉快で拭われる。足首までが水の中に浸って、ふやけるまでの時間が頭上に表示される。

 蛇口を開けたまま寝てしまったろうか。洗濯機が壊れて、水を吐き出しているだろうか。風呂場も洗い場も、いつも通りのそれだ。

 水かさを減らさなくてはならない。部屋を浸す水を、どこかに追いやらなくてはならない。彼らは侵略者だ。そのためには誰をも犠牲にできたし、誰に迷惑がかかろうとも構わなかった。

 窓を開けて、水の出口を作る。それでも、水は僕に懐いたように──うぬぼれだ。部屋の居心地がよいというように、外に出ようとしないのだ。固形に固まった彼らは、外に出ていくことをしない。水面が僕のせいで揺れて、それでも「何もない」に触れて、またこちらに返る。

 平等に浸されているために、何から助ければいいのかわからない。結果が鎮座している。はやる心と裏腹に、体はまともに動かない。何を止めればいいのかもわからない。水に生気を吸い取られたまま、立ち尽くしている。起きてすぐに探す携帯も、水に飲まれてしまった。話す相手もいない。足首を濡らす水の冷たさが、この世界のすべてだ。

 向かいのマンションの誰かと目が合う。彼は不愉快そうにカーテンを打ち閉める。親指がふやけるのを感じながら、夕食のこんだてを考える。

 誰も助けてはくれない。

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