パルプ・フィクション

ちい

2月

サカナ

 雪山にて遭難し、命をあきらめかけたところで、近くで狩猟をしているという老人に助けられた。彼が拠点にしている山小屋に連れられ、毛布にくるまれて、助かった実感を噛みしめている。

 彼がふるまってくれた白湯は人生最高を更新する。体の中に暖炉ができたようだ。老人の話を聞きながら、冷たい耳から不安がぬけていくのを感じる。

「どれ、落ち着いてきたら、何か軽く食事にでもしようか。君は見失っているだろうが、一応今は夕飯時なのだ。また、軽く何か作るとしよう。すこし待っていなさい」

 老人が返ると、机の上には米と汁と焼き魚が並んだ。イワシのような細長い魚の白濁した眼がこちらを見ていた。豪華にも一匹ずつ。久方ぶりの食事に喉が鳴るのを聞いた。しかしこのように吹雪いた山で魚が取れるだろうか。疑問に思ったが、老人の示すままに、箸をとった。

 今にもありつきたい気持ちだが、助けてもらった手前、遠慮が優位する。

「そうだ、この魚だが、一つ食べ方にコツがいるのだ」

 そして老人は、箸で魚をハンと示した。

「真っ二つに開くことができるだろう、魚は。これこの半身。どちらか一方に手を付けたならば、もう一方は他方が食べ終わるまで、絶対に手を付けてはいけないのだ」

 いわれるがままにうなずいた。なにか、まじないのようなものだろうか。厄介になっている身。これしきの事であれば、従うのみである。

 僕はあったまってきた手で箸をつかみ、焼き魚にするすると線を入れた。半身ずつにきれいに分かれる。

 ほろほろと身が崩れて、よく火が通っていた。ほのかに香る塩気も、よいエッセンスとなっていた。地上でも、このように唾液をそそるような魚はなかった。

 食卓に並べるには十二分なサイズだが、あっという間に半身がなくなった。

「おいしいですね。こちら何の魚ですか?」

 問うも、老人もまた食事に忙しいようだった。気にせず僕も、もう半分に手を付けた。

 奇異なことが起きたのはその時だった。僕がもう片割れを食べ進むほどに、サカナのもう半身が肉をつけていくのである。巻き戻されているように。僕は目を疑う。一口、一口と身を切り啄むうちに、またもう片割れも、身を取り戻していくのだ。そしてそれは、青々とした火を通す前のサカナの色に他ならないのである。

 僕は一層気味悪くなって、箸をおいてしまった。

「おじいさん、これはいったい……?」

 白濁した目と目が合う。老人はにこやかに微笑むのみだ。

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