第37話 全知内蔵宣言 後編


「……何というか、二人には大げさに受け止められたようだが、そう大層な話でもない」

 俺は、そんな申し開きでメヅとの会話を始めた。

「セキュリティ関係の不安があれば、うちの担当者に俺から話を通しておく。通すと言っても、二人に助言を出せる程度だろうがな」

 メヅは無言でうなづいた。ナカマチがうなづいた、と見るべきだろうか。

 このアバターの中身がどうなっているかは想像することしかできない。やはりナカマチが主でカトウが従か?

 右手が掲げられる。メヅの軽い仕草に俺は「どうぞ」と返した。

「現状でのセキュリティ関係の対処はどうなっていますか」

「悪いが詳細は話せない。『怪しいメールに注意』とは言われたが……話せるのはそのくらいだ。だが、あのハッカーがある個人に接触する手口が知れたら、もう少しマシな対策が返ってくる。それが朝に連絡した理由だ。……あの日、ハッカーからメッセージを受け取っていなかったか? 簡単なゲームの招待状ではなく、知人からの連絡と勘違いしてしまうようなものだ。もしそれがあれば俺に提供してほしい。もちろん、個人情報はそっちの判断基準で削って構わない」

「個人情報ですか……。私とカトウさんのアカウント名くらいですね。すぐにお渡しできますよ」

 メヅが黙る。手がかりを俺へ『提供』するための作業を始めたのかもしれない。

 俺はわずかな違和感を覚え、それを口に出した。

「待ってくれ。ナカマチさん、遊びましょう――だけで信じたのか? それはつまり……知人のアカウントが乗っ取られて、そこから連絡を受けたことにならないか?」

 俺が思うにナカマチという人物は、個人的な出来事でも長々と語る一方で、物事を大きく省略する癖もあった。

 ゆえに、単に省略しただけかもしれない。

 個人情報と言っても基準は人それぞれあるだろう。ナカマチにとって大した内容が含まれていなかっただけのことか?

 それでも俺がつかめた真相の葉だ。破らぬように引き寄せる。

 人間不信と紙一重だな。

 沈黙していたメヅが口を開く。

「まずカトウさんは新旧二つのアカウントを持っていました。私はカトウさんの新しいアカウントを知りませんでした。つまり何者かが乗っ取り、私へ接触を図ったのは古いほうのアカウントだったわけです。これ以上詳しい話は……私よりもカトウさんから聞いたほうがよいでしょう」

 小さく固い物音が聞こえた。独立型のマイクを受け渡しのために机へでも置いたのだろう。

「あー……カトウです。引き続きひょろ――」

 噛んだ。どうでもよいことだ。

「引き続きよろしくお願いしま――待て、私の番だろ――これは失礼――後輩にフォローさせて私がバカみたいじゃないか――わあ、体育会系~――いつ入ってきたんだよ、お前は!――先方に聞こえる声は同じだから黙っていれば気づかれませんでした――お前はそんなに決断が早いのにどうしてマイクを切ってくれないんだ!――サシドリ、体育会系ってこういう感じなの?――いつ戻ったんだよ、お前は! どいつもこいつも人の背後から現れやがって! ドアか、私は!?」

「頼むから一人ずつ喋ってくれ……」

 俺の願いはネットの闇へと消えた。

 ……かに見えたが、一応はどこかに届いたらしい。

「えー……カトウです……。えーと……」

「気にしなくていい。俺もあの三人には痛い目にあわされている。対処法は距離をとることだけだ」

「ええ、あいつらには部屋から出て行ってもらいました……。どこまで話しましたっけ……?」

「ハッカーに古いアカウントを乗っ取られたらしい、というところまでだ。被害の状況なども差支えない範囲で教えてほしい。詳細がわかれば、こちらからも支援ができる」

「詳細ですか……。まずはそちらから話します。私は新しいほうのアカウントで『バルセロ』というアバターを運用しています。こいつは……私のコピーなんです」

 カトウの意外な回答に俺は困惑した。

 明瞭な答えを欲した俺はカトウへ聞き返した。

「コピーとは?」

「私の表面的な人格を学習した人工知能。VRゲームをプレイできる程度の運動神経があり、会話もできる。本当の完全自動とはいかないまでも……まぁ、まだ人間でないとは気づかれていない。アンケートをとったことはないですけどね」

「ちょっと待ってくれ。それは業務上の秘密ではないか? そんな高度なAIを個人が運用できるとは思えない。俺に話してよいことでもないはずだ」

「ああ、そういえば私は今、企業秘密を語っていますね。そう、それで『バルセロ』とは技術的には二十年前でも可能なものです。一番の進歩は電気代。当時は随分と大変だったそうです。私が子供の頃の話なので実際はどうだったのでしょうか……」

 手を冷や汗が伝った。背中に氷塊を撃ち込まれた気分だった。

「なぜ、そんなことを俺に話す!?」

「あなたが、ある日この世界から理論ごと消えた最高の計算機を知っているからです」

 その時、俺が上げた吠え声をカトウが聞くことはなかった。ただ俺の心の中のみで反響し続けた。

 どう吠えたかって――決まっているだろう。

 原始人が、文明人の罠にかかった時のような声さ。

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