第36話 全知内蔵宣言 中編
コウツさん――通信回線の向こうから呼びかけられ、俺は意識を取り戻した。
『会議をするなら、VR空間上のほうが何かと便利かもしれませんね』
「……そうだな。この前のゲームにはフリースペース機能がある。それで構わないか?」
『はい。あとからバルセロさんにも来てもらいましょう』
あとから……というのは、カトウが保有するVR関係機材の置き場所の問題だろう。彼女には移動の面倒をかけることになる。
それでも俺は――
「そちらの都合が良ければそうしてほしい、そのほうが、話も早いしな」
ナカマチからの返答はない。何か考え込むような間があった。
『考えてみれば、あのゲームは一つのヘッドセットを共有しても問題ないのでした。一人のアバターに二人が入る奇妙なことになりますが、時間は節約できますね』
「ああ、それでいい。あれこれと面倒をかけるのも悪い」
「いえ。私もあの日のことは……なにせ不可思議な出来事でした。誰に相談しても、あまり乗ってはくれそうにありませんね」
気弱な物言い。なぜか相応しくないと感じた。俺の、ナカマチという人物の捉え方がそう感じさせたのだろう。そこには、光学的な歪みのようなものがあると言えた。
ナカマチは、対人関係において損をすることが多いかもしれない。毎日庭木に水を与える者でも、庭石にまで水をやることは、おそらくないだろうから。
青いカーペット。灰色の机。鉄製っぽい塗装した棚。電灯とエアコンと節電推進のポスター。こんな品々を適度に並べれば、事務室というやつになる。もっとも、これはすべて外国風だが。
窓からの日光は、そのほとんどをブラインドカーテンが遮ってしまっており、電灯の明るさだけが頼りだった。
円形のガラステーブルの横に藤椅子が二脚。その一つを、濃緑色の軍服を来た男が占有していた。
名はメヅ、と言ったか。今は二人の人間が共有する肉体だ。
そのどちらとも、俺とは相性が良くないと感じていた。仮に相性が良かったらどうしていたのかと問われても、俺は答えを持たない。
バルセロを名乗るカトウ。俺はこの人物の知性や行動力といった部分に一定の好感を抱きつつも、あまり親交を深めたくない相手だと考えていた。
メヅを名乗るナカマチ。こちらも同様だ。二人には甚だ失礼な話だが、向こうも俺と近い感情を抱いているだろう。そのほうが、いっそ気楽でもある。
俺にぺらぺらとお喋りをする能力も意志もない。不確かで不明な現象を、人生でこれ以上抱え込みたくなかっただけだ。できることなら、解決という結果を手にしたかった。
ふと気づく。
今ここは随分と危険な状況ではないだろうか、と。
俺はいわゆるソーシャルハッキング行為を仕掛けられていた。それは俺とやや近い距離にいたナカマチと、その知人であるカトウを巻き込んでいる。
俺を狙ったハッカーは、カトウに化けて、ナカマチと俺を騙そうとした……?
そしてそのハッカーは、高度な技術を持ち、VRゲームのハッキングも可能……?
待て。重要なのは、ある個人に化けられる能力を持った犯罪者がいるという点だ。
メヅ。こいつの中身が俺の味方だと、どうして言い切れる?
このVRゲームの空間では言葉も、声も、顔も、どれもが真実でなくて構わない世界だというのに。
こうなった以上は仕方がない。第一、憶測に脅えて目的を忘れるのは危険だ。どうせ、なるようにしかならん。
考えをめぐらす中、己の心臓の鼓動が聞こえた。
俺の脈拍は、自分でもつい驚くほど穏やかだった。
大した事態じゃないさ、とでも言いたげに。
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