第31話 道具だ


 その部屋で、俺の思考は少し宙に浮いていた。

 まず、悪質なチーターへ反撃するという当初の目的は達せられた。

 しかし、なぜこの状況に至ったのかを考えると、頭をひねりたくなった。

「メヅ」

 バルセロがそばの男へと手を差し出す。メヅと呼ばれた男はポーチから取り出した弾倉をバルセロへ投げ渡した。男が持つ銃とは互換性がない弾倉だった。

 先ほどカトウはメヅを見て、ナカマチと呼んだ。ナカマチ……俺はナカマチ・キョウコのことを連想した。どことなく雰囲気が似ていると感じるが、それは単なる連想に過ぎない。

 俺がそんなことを考えていると、メヅが口を開いた。なんというか美青年的な声だった。

「我々は……あと数分たてば瞬間移動するチーターに殺される運命ですが、これで解散でしょうか?」

「ああ、この大規模戦は自由マッチ制だからな。参加するのも、いつ止めるかも自由だ。それに、こいつの行動は既に録画済みだ。本当の決着がつく場所は動画サイトさ」

 俺にとって、バルセロの発言は少し意外だった。

「倒すだけじゃなかったんだな」

「あんたにメッセージを送ったあたりまでは、結構本気だったよ。けど、ちょっと考えて気づいた。こいつの一番嫌がることにな」

「不正行為をオープンにすることですか」

 メヅの指摘に、バルセロが指を指す。

「そうだ。こいつのチートの入手手段は、かなりアンダーグラウンドなものだ。このゲームの暗号化データを解析可能なクラッカーの組織と繋がってるはずだ」

「売り文句は、『他言無用、ここぞという時に使ってください』……と言ったところでしょうね」

「秘密主義が必須の業界だ。加えて、誓約書代わりに軽いサイバー犯罪をやらせたりする」

「ゲームの自分が、現実の自分を浸食するか……」

 俺のつぶやきに、バルセロが怪訝な顔を向けてくる。気にするなよ。

「……それで、運営から処分されず堂々と使えるチートの実演動画を公表すれば、そんな奴らにもダメージを与えられる。今から数時間後、クラッカーたちは深いため息をつき、顧客との連絡網と自分たちが存在した証拠を徹夜ですべて隠滅。朝日を横目にレトロゲームをしながら次の就職先を作る……。俺だったらそうする。それが出来ない奴らは捕まるか、莫大な額の損害賠償の訴訟を起こされる……」

「そうなると良いですね。……どちらにせよ、あの人と私が会話していた部分は、編集をお願いします」

「言われなくてもそうするさ」

 バルセロは苦笑した。話は終わったようだった。随分と熱のこもった解説だった。

「いいでしょうか……?」

 遠慮気に手を上げたのは、カトウだった。

「あの、興味本位なのですが、このチーターがした『会話』とはなんでしょうか?」

 カトウは床にある死体を指さした。銃器類は別だが、所持している銃弾などの消耗品も含めて、死体はしばらく消えない。

「ああ、自分は計算生命体だとか言ってたな……。SFの話だな」

 バルセロの言葉を、メヅが引き継ぐ。

「何でも知っていれば、何でもわかる……その程度の話です。ところで、私からも一つ」

 メヅはそう言いながら、銃に弾倉を込めた。チャージングハンドルを引き、射撃を可能とすべく弾倉から薬室へ実包を送り込む。俺は、その動作をごく自然な気持ちで眺めていた。

「私はこの銃を入手するために少なくないお金を支払いました。しかし、私はこのゲームを続ける意思がありません。返金の猶予時間は短く、もう過ぎてしまいました。私はどうしたらよいか、あなたから助言を頂けますでしょうか?」

 メヅの言うあなたとは、カトウのことだ。知り合いのはずだが、他人行儀な喋り方だ。あの子は変な子だともカトウは言っていたが……。

「それはまぁ、次の週末に何か買い物とかで……それでどうでしょう?」

「次の週末に買い物とかで、それでどうでしょう」

 その奇妙な言葉に、俺は寒気を感じた。メヅは、カトウの言葉をそのまま言い返したのだ。

 その時、メヅが銃口をカトウへ向けていることに、俺は気づいた。

「あの、普段通りに喋ってくれれば――」

「あの普段通りに喋ってくれれば」

「……もう普段通りでいいのよ。メヅ」

 俺がカトウを突き飛ばしたのと、メヅが発砲したのは、ほぼ同時だった。

 さっきからずっと、俺は壁に手をつくことすら出来ない迷宮の闇へ迷い込んだような気がしていた。外へと通じる糸は手探りで探さねばならない。

 俺は予感がしていた。その糸が、カトウと繋がっている予感が。

 生憎、俺はヒーローではなかった。もちろん、策略家でも名探偵でもなかった。

 メヅの銃――バトルライフルから発射された銃弾は、カトウを即座に死に至らしめた。視界の端の通知欄に、そんな表示が現れた。

 俺はそれを、自分の防弾装備が破壊される音を聞きながら見た。

 身体を猛烈な雨が叩く。風速は音速を超えていた。

 銃による反撃では、俺が先に死ぬ。

 手榴弾のピンを抜く。どうにか投げることができた。

 俺は自分のその行為に、メヅへの憎しみがわずかも混じっていなかったとは言い切れない。

 バルセロには少し悪いことをした。これで二度目だ。

 そして、轟音と閃光が、同時に。

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