第30話 三重影身 後編


 俺とカトウの移動は順調に進んだ。

 バルセロが向かったというビルへただ走る。人間サイズの無人機が何機か邪魔をしてくるが、大した問題ではない。途中、この一帯における最弱の無人機から銃弾を一発食らったのは、俺が間抜けだったというほかない。とはいえ、やはり大した問題ではない。

 移動しながら、人差し指を走らせて視界に半透明のマップを表示する。俺はマップを指で弾いて動かした。表示が平面から立体的なものへと変化する。

 更にマップを叩き、ある部屋に印をつける。それは条件を満たすと武器が出現するという噂の部屋だった。噂と言っても、プレイヤーの記録映像などによって既に周知の事実ではある。

 この部屋は満たすべき条件と見返りがアンバランスなため、あまり注目されていない。初心者にとっては難しい条件で、上級者にとっては魅力のない見返り。中級者ならもっと安定した良い手段がある。

 しかし、バルセロもある程度以上には習熟したプレイヤーだ。そうした周知の事実とは異なる情報を得ているのかもしれない。

 以前に奴とプレイした記憶が蘇る。バルセロはゲーム内でのプレイヤーの行動を予測するオンラインサービスなんて代物を使っていた。常識外れの情報を持っていたとしても、不思議ではない。

 いつだったか、俺も非公開のフォーラムとやらから誘いを受けたことがあった。その時は面倒を理由に断ったが、入会しておけば、バルセロに主導権を握られずに済んだかもしれない。

 俺は立体マップをつかみ、視界の隅へ寄せた。カトウを呼び止めて、マップを見せる。

 カトウはマップの印に気づいたようだった。

「ここにバルセロたちが?」

「まだこの場所にいるかはわかりませんがね」

「連絡は――」

「それもまだですね。まぁ、失敗した計画は変更しようということで、あちらには納得してもらいましょう」

 連絡網は俺とバルセロの間だけだ。カトウが呼んだという協力者も、俺とは繋がっていない。

「そちらの――カトウさんの知合いの方とは?」

「集中したいから、しばらく連絡はしないでほしいと。あの子、少し変わった子で……」

「そういう人もいますよ。では、とりあえず向かいましょう。ただちに合流できなくても、近づけるだけ近づいたほうがよいでしょうから」

 現状を再確認して、俺とカトウは再び移動を始めた。

 徒歩でも、走って進むなら意外と狭い街だ。

 汚れた街。長い壁面、開放された隠し扉。倉庫……階段……。視界の隅へ追いやったマップは、視線をしばらくやっていなかったせいで、とうに消えている。

 ほどなく、俺とカトウは目的地にたどり着いた。印をつけた部屋の扉はわずかに開いている。室内の様子は見えない。

 俺は銃を構えた。敵か味方か、誰がいるかわからない。いるとすればバルセロとカトウが呼んだ協力者の可能性が高い。通知欄を見たが、二人ともチーターにやられたという兆候が出ていない。

 とっくに移動したか。あるいは、もう一人いるかもしれない。俺の目の前から消え去ったチーターが。

 俺は考える。もし、都合よく何もかも問題の一切合切がこの部屋に詰まっていてくれたら、バルセロへの連絡もチーターとの対決も省略できる、と。

 省略とは何か。ポーチに収めた手榴弾へ意識が向く。

 狭い室内だ。これを一つ投げ込めば、防弾装備に身を包んでいても瀕死は免れない。そうでなくとも、爆発の衝撃でふらついた身体に致死量の銃弾を叩きこむのは実に簡単な作業だ。第一、手榴弾というのは冬に備えて貯めこむような物ではない。

 爆発、急所を狙って撃つ。単調な作業。それが俺でも可能なように、このゲームは設計されている。

 銃を構える俺は、まだ部屋に入っていない。

 撃つとか、殺すという行為が何もかも解決する魔法の杖だという考えをしっかりとつかまえる。

 そしてこう言ってやる。ある人間の人格というのは、サンドイッチであり、バーガーであり、ラーメンだ。決まった具なんてない。こうだと思ったら、ああだったなんて、当然のことだ、と。

 すると、命なんてないくらい切り刻まれたレタスか、色彩に満ちた具材たちが問いを返す。

 しゃきしゃきと。ぐちゃぐちゃと。

 戦争をリアルなVRゲームとして構成するのは奇妙な行いだ。ましてやスポーツのように扱うのは、もっと奇妙だ。

 奇妙だが、その裏には災いも時が来れば終わるはずだという願いが隠されている。

 どうだい、スポーツだと考えている奴らのほうが、誰かさんよりはるかに正常だろう。

 誰かさん。魔法の杖にしがみついて離れられない哀れな男。

 誰かさん。この状況に至っては、敵とか、味方とかも、それほど重要ではないなんて考えている男。

 そんなに急いでどこへ向かう。お前の心臓がばくばくと叫んで、こちらのほうへ駆け込んでくるよ。

 ああ、そうか。お前は魔法が人を踊り狂わせる様に熱狂しているのだろうさ。

 無人かもしれない部屋へ押し入る直前、俺はサンドイッチと、バーガーと、ラーメンを平らげた。

 扉を蹴り開ける。

 意外な光景。

 部屋の真ん中で、男が両手を軽く上げていた。降参という意思表示だろうか。

「待って!」

 叫んだのは俺の背後にいたカトウだった。俺にも奇妙な状況の敵と話し合う冷静さはある。

 俺は肩に付けた銃をやや下げ、腰だめに構えた。

 すると、両手を上げた男と入れ替わるように、背後から女が現れた。

 女は以前見た時と異なる顔立ちをしていたが、直観でわかった。こいつがチーターだ。

 チーターは余裕たっぷりに挨拶を始めた。

「お久しぶり……かな。こうして話すのは――」

 銃声が挨拶を中断させた。いや、再開はなさそうだ。

 チーターはがっくりと膝をつき、倒れ伏した。

 撃ったのは俺ではないし、カトウでもない。

 両手を上げていた男は、つまらなさげな表情で姿勢を崩した。その視線の先に、壁際で座り込んでいる男がいた。

「へっ、あっけねぇな。決めてやったぜ。ああ、俺の見込み通り……あんたはやっぱりツキを呼び込んでくれる人だったよ。ところで、どうしてここに来たんだ?」

 壁際の男はバルセロだった。

 ならば、もう一人は――。

「ナカマチ……」

 そんなカトウの呟きを、俺は聞いた気がした。

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