第26話 標準的な水準の
狭く暗く、影が多い道だった。蛇の道と言えた。
バルセロが選ぶのは、そんな道ばかりだった。
「メヅ。もうすぐ射的ステージに入る。銃のセレクターをセミオートに切り替えておけ」
「赤く光っている部位に当てれば一発。それ以外なら二発……でしたか」
「あんたが使う銃の威力なら、そんなところだ。次の角を右」
私は後ろにつくバルセロの指示に従い道を進んだ。隊列はバルセロが後衛で私が前衛となっている。バルセロは前衛なら前方にだけ集中していればよいから簡単だと言った。私の知識は付け焼刃でしかないが、それでも奇妙な印象が残った。
引き金を引く。もう一度引く。銃声が重たく響く。
背後のごく近い場所から同じ数の銃声が届く。振り向くことはしない。私はそれがバルセロのものだと知っているからだ。
静けさが戻る。連続した猛々しい銃声が遠くから聞こえたが、こちらとは無関係だ。
「上手いな。一発ずつで二体を仕留めた」
「動きが鈍いように見えました。私が初心者だからでしょうか?」
「さぁな。そういうこともあるかもな」
地に倒れたダミーを乗り越える。
白く滑らかな表面の大部分が焦げている。白く滑らかな姿をした……人。
まさしくダミーだ。射的の的。破壊されるのが仕事。重要なのは一点のみ。形態が人型であるという点だ。
ダミーの残骸の一部にはある程度のゲーム内通貨と交換できる価値がある。しかし、このゲームを継続する気のない私には不要だ。バルセロも無関心だった。
移動を再開してすぐに、周囲の雰囲気が変わったのがわかった。違法建築というか、即席で仕上げたようなデザインの建物ばかりになった。だがそれもわずかな間だった。
私たちは巨大でどこまでも続く壁に突き当たった。漆喰を思わせる黒くざらついた壁面。
壁を見上げると雲を貫いていそうなほどに高い。反対側は雑多で汚れた建築群だというのに。
「ここが裏口だ。ここからは俺が先行する」
バルセロは何もない壁面の前でそんなことを言った。手には赤いカードがあった。
私の戸惑いは一瞬で消え去った。バルセロが壁へカードをかざすと、壁面の一部が切り取られたように上へとせり上がり始めたのだ。
たしかにこれは裏口だ。見えなければ、不埒者が破壊して侵入する恐れもないのだろう。用意のよい不埒者が侵入してしまったが。
内部は清潔で落ち着いた空間だった。照明は最低限。堅牢なスチール棚の数々がどれも空である光景は、清々しいものがあった。
要するに、この建物の倉庫室の一つだ。荷物は搬出済みらしく、視界は良好と言えた。
バルセロの後を追いながら、時計を確認する。標的の行動開始予想時刻まで――。
「いたぜ。『金鹿』だ。ビギナーズラックだな」
そう呟くと、バルセロはサイレンサー付きの拳銃を取り出し構えた。その先にいたのは、黄金の鹿としか言いようのない存在だった。
四つの花瓶を逆さにして接続したような胴体。細いホースの尻尾。太いホースの首。あるべきはずの頭部はなく、全身が黄金特有の反射をしていた。
口がないにもかかわらず、『金鹿』は観葉植物をホースの先端で突いている。私には、その仕草によってのみ自分は生命体であると主張しているように見えた。デザイナーが相当なひねくれ者だったのだろうか。
ささやかな破裂音が一度。サイレンサーに通したゆえの銃声。空薬莢が地面を跳ね回る音はささやかでなかった。
『金鹿』は一度の攻撃で動きを止め、色の抜けた煙となって消えた。
「よし、急ぐぞ」
再びバルセロの後を追う。階段を通って上階へ。バルセロはほぼ無警戒に近い速度で駆けた。
私は先ほど確認し損ねた時計を見た。……なるほど、もう猶予はなさそうだ。
四階に達したところで通路へ出る。バルセロは左右の確認もせず、正面の小部屋へ押し入った。
「賭けに勝ったぞ」
部屋の中央の机に鎮座していたのは、大型のスナイパーライフルだった。大きさからして、対人ではなく、より威力を強化した対物仕様だろう。
「アンチマテリアルライフルか。セミオート式を現地で見つけたのは俺が世界初かもしれん」
セミオート式、つまり連射もそこそこ可能な強力な武器ということだろうか。このような銃は情報サイトに掲載されていなかった。ゲームのアップデートで追加されたばかりの品ということだろうか。
バルセロが膝立ちになって新型ライフルを構える。
「ああ、見えた。囮役は頼んだぞ」
会話の相手は、この場にいない別の誰かだ。
……どうやら、バルセロと例のカップルは私への相談なしに作戦を修正していたらしい。
まぁいい。これで私の役目も一区切りついた。成功しようが失敗しようが、この事態に長く付き合う気はない。
「よし、そろそろだ……。奴の名前が敵の陣営リストに乗るまではそこで頑張ってくれ」
頑張らねば維持できない場所にいるのは聞いていて不安になる要素だった。
「……わかった。今、大事なところなんだ。……もう少し待ってくれ!」
不穏な会話をバルセロが始める。想像するに、家族という第三者の介入だろう。
「ああ、今行くよ! メヅ、ちょっと変わってくれ! すぐ戻る!」
バルセロが脇へ退く。……急な残業、といったところか。
ライフルを構えてスコープを覗く。やはり照準補助機能付きだった。私でも練習なしで扱えるだろう。
中心の光点を一人の男に合わせる。男女のカップルで顔だけこちらを向いている。この二人か……。
さて、標的がどちらを殺しに来るか。カップルの横並びの配置を見るに、ライフルを少しだけ垂直に動かせば狙えそうではある。
無断での作戦の修正は多少不満だったが、結果的にはこちらのほうが動き回る距離も少なく、良かったのかもしれない。
敵の陣営リストを確認したかったが、出現予想時刻にも近いのでやめておく。
代わりにVRヘッドセットのフルトラッキングモードをオンにした。
なるほど。収集した情報にあったように、こちらのほうが銃を構えているという気分が出る。
視界がわずかにブレるが、照準補助機能によって狙撃への支障は――。
私は引き金を引いた。部屋そのものが破裂したような銃声だった。揺れすら感じた。
予想していたとはいえ、私が撃つべき標的は前触れもなく突然現れたのだった。
それでも、標的へ銃弾が命中するという確信が私にはあった。ただ、不安なことがあった。
狙撃する直前、出現した標的、チーターが私へ顔を向けていたことだ。
……背後に気配を感じた。幽霊か、私の部屋のカーテンが何らかの作用で動いただけだろう。
覗いているスコープの視界には誰もいない。元から危険な場所らしいから、カップルは逃げたと見てよい。
チーターが倒れ伏す姿を私が目撃したかと言えば、見ていない。
倒したならば通知が来るはずだが、それもない。
当然、遺体もない。この街の光景があるだけだ。
チーターの挙動に関する情報には誤りがあったと見るべきだ。
このゲームは、格闘攻撃も有効らしい。
一瞬だけ考えて、身体を捻った。私の同居人の三人で、黙って背後に近づくような性格の人はいない。
一瞬だけ悩んで、脚を上げた。気づかぬうちに、ウリヤくんと私の二人だけになっているという可能性はわずかにあるだろう。私の背後に若い男子が一人立っている可能性もやはりわずかにあるだろう。
まぁ、若いから女の蹴りが当たっても大丈夫だろう……。私の部屋の壁には保護クッションが取りつけてあることだしな……。
捻った足の側面を拳のように突き出す。背面蹴り、といったところか。
蹴りの勢いで振り向いた私の前には、床へ崩れ落ちる金髪の男がいた。
バルセロではない。当然、ウリヤくんでもなかった。
男が顔を上げる。女のようだった。先入観が見間違いを起こしたか。
「すみません。蹴り飛ばしてしまって」
私は自分でも驚くほど意外な言葉を発した。
原因はやる気のなさ、当事者意識の欠如、あるいは罪悪感……それだけではない。
私を見つめる女の顔が、カトウさんとよく似た顔だったからだ。
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