第25話 志願天使が一人、守護天使が一人


 外は砂嵐。私は悪天候の中を進み続ける兵員輸送車に乗っていた。

 狭いバスのような配置の座席。私の正面には顎がしっかりとした男がいた。

 大きく開いた両足、腿にグレネードランチャー付きのアサルトライフルが橋のようにかかっている。

 男は背中を丸め、頭は前へ垂れている。私と目が合う。眼光が鋭く、知性的な野人を思わせる容貌だった。プレイヤーが実際に同じ姿勢なのか、あるいは管理AIがこの人物に相応しい姿勢だと判断したのかはわからない。

「女みたいな座り方だな」

 気まずい待機時間を打ち破る第一声がそれですか。

「ええ。お察しかもしれませんが、本来の私は水着グラビアを少々たしなんでいます。あなたは?」

「いや……そんなつもりで言ったわけじゃなかった……」

 そんなつもりとはどんなつもりか――と尋ねればどうなるだろうか。

 面倒そうだからいいか。

「それで、あなたはどんなグラビアを?」

「グラビアなんかやってない……。すまん、俺が会話をミスった。あんたが女よりの顔で、仕草もあれで、ついな……」

 確かに、今の私の見た目はやや中性的な男性だ。清流へ落とした墨のような眼差しは背徳を含んでおり、我が古きアバターであるメヅに似ている。

 現実なら声で性別がわかりそうだが、今の私の声はVRヘッドセット側の機能によって変化している。正面の男の耳に聞こえているのは、まさしく男性的な低い声だろう。

「私は初めから冗談だと思っていましたよ」

「正直な話、ここでの会話ってのは苦手でな。ああ……『メヅ』?」

「ええ。VR空間は特殊ですからね、『バルセロ』」

 このゲーム内における仮名で呼び合う。『メヅ』という名で呼ばれたのは久しぶりだった。

 それにしても、この男――バルセロは若者でないようだ。若ければ、私がグラビアをやっているという発言にもっと食いついたはずだ。もし、この男がそのような気質なら、私にとっては好ましくない人物だっただろう。

 私は以前、サシドリさんから『あなたは猫みたいな一面を持っているね』と指摘されたことがある。否定できない指摘だった。追うのが好き……違うな。追い詰めるのが好き、か。そのことを思うと、暗闇から歪んだ私の唇が一つだけ浮かび上がるのだ。笑みが喜びを伴うとも限らないのは、体験でよく理解している。

 ふと、コウツ・レンという知り合いを思い出した。バルセロと年齢や雰囲気が近いように感じた。

 あの人も少し身だしなみに気をつけさえすれば、密かに人気が出そうな素質を持っていると私は思うのだが……。

「それ、バトルライフルか?」

 バルセロが私を指さし問いかけてくる。この武器を私のような初心者が持つには、現実の通貨を必要とするからだろう。

 特徴はバルセロが持つアサルトライフルよりも威力が一段上の弾丸を用いつつ、連射の速度で引けをとらない点だ。ただし、狭い空間では撃ちたい時に撃てない状況に陥る危険がある。安定性のために体積を増した分、建物の壁や家具などを突き抜けやすい。こうなってしまうと、銃が物体に埋まっていると判定され射撃不能となる。

 とはいえ、高威力で連射可能という特徴は、そうした欠点を補い得るという評価がなされているようだった。

「情報サイトで評価が良かったので、課金しました」

「思い切りがいいんだな。この手のゲームは慣れているのか?」

「あまり……ですね。もうずっと山で石を割るゲームばかりしているので。タイトルは――」

「知ってる。親指を立てて『ごくろう』ってやるゲームだろう。やったことはないけど」

 私へ親指を立てるバルセロ。私も親指を立てて返す。

「そこの穴から試し撃ちできるぞ。弾も勝手に補給されるしな」

「では遠慮なく」

 早速、銃眼から外へ向けて撃つ。狭い車内にもかかわらず、銃声は意外なほど小さい。会話に支障がないよう、ここでは抑えられているのかもしれない。

「ところで、私はこの先どう動けばよいのですか」

「……俺とあんた、味方ではあるが、プロフィール上のつながりはない。向こうのペアの一人とはつながっているようだが、そこから奴にこちらの意図を悟られる心配はない。奴が名探偵じゃない限りはな」

「私の役目は横から殴る、ということですか」

「そうだ。奴はちょうど一時間ごとに二〇分ほどの休憩を挟む傾向がある。俺の見立てじゃあ、奴が使うチートアプリを動作させてるパソコンか何かの事情のはずだ。その間に向こうのペアの近くに寄って援護できる体勢を作る。何食わぬ顔でゲームを続けて、奴が現れたところであんたがズドンとやるって寸法よ」

「そう上手くいくでしょうか」

「これでも考えたほうだ。あんたには時間をとらせて悪いとは思ってるよ」

「お気になさらず。VRに限らず、ゲームは大抵の物が好きなので」

「そうか……。まぁ、よろしく頼む」

 会話が一段落したところで弾切れとなった。弾倉を交換しながら、合図の練習として小さく「レッド」とつぶやく。

 危険なチーターと関わり合いになる危険を初対面の相手に犯させるというのに、「よろしく頼む」とは随分と気楽だ。このゲームをしていると私もそうなってしまうのだろうか?

 マイクをオフにする。ヘッドセットのヘッドフォン部分をずらし、外部を見るためのカメラを起動する。

「……というわけなのですが、皆さん、一時間ごとに二〇分の休憩が必要な事情とはなんでしょうか?」

 難しいことは委員会に尋ねるとしよう。

 参加者はカヤノさん、サシドリさん、ウリヤくん。

「うむ。まずはサシドリ教授の意見を聞こうじゃないか」

「まぁ~……ハードウェアの事情ならなくはないかな~……」

「けどさ、きっちり一時間ごとに休憩って変じゃないか? だって一時間ずっと同じ負荷がかかってるわけじゃないんだろ?」

「そこだよね~。けど、アプリの作りが変ならあり得るかもね」

「あの……そもそも敵が瞬間移動できるってことは逃げるのも一瞬ってことなわけで、戦うの無理じゃないっすか?」

「そうだよなぁ……。ナカマチちゃん、時間の無駄だから諦めろって言ってやりな。あれ、ナカマチちゃん?」

 カヤノさんからもっともな意見をもらったが、私は二個目の弾倉を空にし、三個目に手を付けたところだった。

 視界にテキストメッセージが入り込む。カトウさんからのものだった。

「……瞬間移動の件ですが、開始の際に若干の隙があるそうです」

 四個目の弾倉。

「私にも、多少は勝ち目がありそうですね」

 銃眼から砂嵐へ向けて撃つ。抑えられた銃声。

 私は風に舞う砂へ思い描く。どこかの誰かと銃を向け合い、私へ背を向ける私自身の姿を。

 その私は、きっと唇を歪めていることだろう。

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