第23話 合奏 後編


 ゲームと一口に言っても、その品質は様々だ。 

 しかし、どんなゲームもやっている時は楽しいものだ。

 ところが、勝ち負けがはっきりする段階に来ると、それが変わる。

 勝ちか、負けかのどちらかが連鎖すると、喜びや悔しさといった感情の嵩も掛け算のように積み上がっていく。

 そうして人は選ぶ。このゲームを続けるか、止めるかを。

 喜びがあったから続ける。悔しいからこそ続ける。

 その逆もある。退屈だから止める。嫌になったから止める。

 勝つ前に止めてしまうのか。負けすぎる前に止めてしまうのか。

 俺とカトウは、どうにも上手くいってなかった。俺がこのセッションを、どういった理由で止めるかを考える程に。

 以前は流行っていそうだったカフェに向けて、誰かが引き金を引いた。全長を切り詰めたカービンライフルが空薬莢を吐く姿は、悪酔いした夜のようだった。

 道路にいたその誰かを、俺はカフェの二階の窓から狙撃した。人間は銃を撃つ際に身体が止まるので狙いやすくなる。

 身を伏せると、駆け上がってきた弾丸の嵐が天井をぶっ壊した。

 狙撃の成功は俺の運によるものも少なくないが、反撃を回避できたのは実力差だ。仲間同士で同じ方向を見ているのは良くない。そのせいで俺を生き延びさせてしまっている。

 横にいるカトウを見る。カトウは死んでいるかのように倒れていた。

 視界の隅にカトウの死亡通知はまだ現れない。何があったかを判断する前に、仰向けになったカトウの襟をつかむ。

 俺は部屋を出るべく、カトウを引きずりはじめた。

 この判断は失敗だ。俺がすべきだったのは、窓から身を乗り出して敵にやられるまで攻撃し続けることだった。この部屋への追撃は不要だと敵に思い込ませられていれば……。

 いや、見つかっているからこそカトウは撃たれたのだ。おそらく狙撃されたのだろう。これは偶然の事態のはずだが、彼女は俺の代わりに狙撃されたのかもしれないという思いがよぎる。

 どうであれ、彼女が倒れた時点で、俺たちはここでやられるのが決まっていた。この一時間というもの、こんなことばかり続いていないだろうか。

 案の定、外から部屋に手榴弾が投げ込まれる。カトウを引きずっている分だけ移動が遅くなっている。この部屋には盾になりそうな物もない。

 こうして同時に死んで、同時に生き返った。ブルーのカーペット、机も椅子も端に寄せられた狭いオフィス。陽光がブラインドの隙間から差し込む。

 薄暗い部屋の中央に弾薬が詰まったコンテナがあった。見回して新たな武器を探すが、自分の手持ちしかなかった。やや運がない。

 壁にそばに立っていた軍服の女。彼女は弾薬のコンテナへ近づく途中、見つけたかのように俺へ顔を向けてきた。

 カトウは対称的に両手を軽く横へ振って、何とも言えない雰囲気を出した。

「やっぱり、撃たれるとなんだか疲れますね。身体のコントロールを急に奪われる感じが……」

「あれに慣れる人はいませんよ。まぁ、あえてそういう作りにしているのかもしれませんね。死ぬことなんかに慣れるなよ……って感じで……」

 カトウからの返答はない。相当に奇妙な意見だったらしい。

 このセッションは一時間ほど続いている。俺はまだ余裕だが、カトウは違うかもしれない。彼女がどの程度VR空間への適性があるかにもよるが、もう止める頃合いかもしれない。

「休憩しますか。『止め』でも構いませんが」

「……あと一戦したいのですが。コウツさんさえ良ければ、どうでしょうか?」

 俺は短く一言だけ返してカトウの提案を承諾した。

 机に置かれたタブレット端末を取る。こいつを操作すれば多少はこのゲームを遊びやすくなる。

「次は大規模戦にしませんか。戦闘が派手になって、いつの間にか死んでいたりもしますが……まぁ、人が増えて責任も軽くなるので気分は楽ですよ。本来の決着には一時間以上かかることもありますが、途中で終えるタイミングが割と豊富なのも都合が良い」

「では、それで。出来れば最後までやってみたいですね」

 カトウは苦笑の表情をした。おそらく本当のものだろう。そう感じた自分に少し戸惑った。

 俺はタブレット端末から大規模戦への参加手続きを行った。手続きは数秒で終わった。大規模戦開始のカウントダウンが始まる。

 タブレット端末の画面に敵味方の名前がずらずらと表示される。カトウが持っている端末にも同じ情報が送られているだろう。

 『一緒に遊んだことがあるかも?』の欄に名前が追加されていく。

 新しい順に並んだ上位に、見覚えのある名前があった。こいつは……。

 名前をタップしてプロフィールを呼び出す。よく使う武器はグレネードランチャー付きの自動小銃か。

 見覚えがあるわけだ。俺はほんのちょっと前に、味方にいたチーターの一件でこいつと揉めている。どうやら、俺と同じ陣営のようだった。とはいえ、わざわざ絡んでくることはないだろう。

「お知合いですか」

 カトウが俺へ問いかけてくる。俺は彼女へ向けてタブレット端末を掲げた。

 画面を見せる必要はない。これで見えるのだ。カトウは指で拡大のジェスチャーをとった。

「何というか、行儀の悪いプレイヤーです。でも、それだけです。敵でも味方でも影響は――」

 視界に通知が入り込む。テキストメッセージが一通。送り主は件の男だった。

 カトウを待たせ、メッセージを開く。決闘状かと思いきや、内容は俺の興味を引くものだった。

 『以前のことは水に流そう。あんたに協力してほしい。俺はあの時のチーターに狙われている。奴が敵側にいると、俺は奴に何度も殺される。奴は俺に磁石みたいにくっついて離れないんだ。俺はかなりヤバい馬鹿野郎に関わっちまったらしい。正直ビビっているが、逃げる気はない。運営に介入させる気もない。この世界で決着をつけてやるのさ。仲間を巻き込まないよう、俺は一人で奴をぶん殴るつもりだ。どういう訳か、今の奴はチートを使っていないらしいからな。だから、俺にも勝機があるってことだ。そんな時に、俺はあんたを見つけた。あれからログインしていないあんたは知らないだろうけどな、きっと奴はあんたも狙っている。俺に協力してくれ。わかるだろ?』

 ……『ヤバい馬鹿野郎』は二人いるようだな。こいつは俺のプロフィールからログイン日時までウォッチしていたらしい。

 『奴は俺に磁石みたいにくっついて離れない』という下りは気になるが、この悩める相談者が単に過敏なだけだろう。二十四時間VR機器を外さず生活し続けているような廃人もいる世界だ。自分がいつログインしても居合わせてしまう人物がいても不思議ではない。

 要するに、因縁のある『ヤバい馬鹿野郎』二人が復讐合戦で盛り上がっている……そんなところか。

 いずれにしても、トラブルにカトウを巻き込む事態は避けたい。

 そう考えている間にカウントダウンは終わり、大規模戦が始まった。

 視界に『目的地まで自動移動します』という表示が現れる。通常ならヘリや車両で移動するのだが、サーバーが混雑しているとこの現象がまれに起きる。

 深い霧が俺とカトウを包む。これが晴れたら、目的地――大規模戦の待機場所に到着している。

 俺はこのセッションを止めるかどうかをまだ悩んでいた。わざわざ悩むのは、カトウがこのゲームを楽しみかけている気がしたからだ。それを奪ってしまうのが嫌だった。

 馬鹿が。本当は自分が一番カッコつけられる世界でデートしていたいんだろうが。

 霧が晴れてきた。深く息を吐いて冷静さを保つ努力をする。冷静でなければなんでも恐ろしく見えるものだ。

 俺とカトウがいるのは、どうも建物内ではなく、路上のようだった。

 銃声が幾重にも響く。距離はあまり離れていない。嫌な予感がした。

「コウツさん。もう戦闘地帯にいるような気がしますが」

「ええ。入れそうな建物に行きましょう。まれにこういうことが起きます。バグの一種で――」

 カトウの問いに俺は冷静に答えようとした。

 目の前に銃口が現れるまでは。

 一発の閃光と銃声が俺の意識を支配した。身体のコントロールが効かなくなるこの感覚。俺は死んだのだ。狙撃などではなく、突然現れた敵による銃弾で。

 自分の死亡通知を見ながら、俺は妙に冷静だった。

 カトウの死亡通知はすぐに届いた。相手は対人地雷。建物へ逃げこもうとしたのかもしれない。

「カトウさん。どうでしたか」

「どうもこうも……。なにがなんだかわからないまに死んでましたよ……」

「続けます?」

「もう少しは。まぁ、あんなことはそうそう起きないでしょうから」

 前向きな人だな。復活した俺たちは再び大規模戦の舞台に立った。

 しかし、偶然というのは二度続くこともある。二度あることは三度あるものだ。

 そのうち、低い声の奇妙な呟きがどこからか聞こえてきた。

「野郎……調子かぁ……?」

 使い慣れていなければこの迫力は出ないだろう。

 また別の意味での『ヤバい馬鹿野郎』が増える夜になるかもしれない……。

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