第4話 マグマの川を走って渡れ! 前編


 サウナである。ここはサウナ。

 特有の明るい色の段差に腰かけたまま、腕を組んで考える。私がいるのはサウナ、サウナにほかならない。

 つまり熱いのである。大粒の汗が顎から垂れた――ような気がした。

 室内は男衆の密度が高い。私こと、メヅのまわりはなんとも濃密になっている。

 特に右隣の男が熱い。下膨れの顔。細長く丁寧な髭。組んだ腕はたくましく、筋肉の隆起が砂丘の風紋のようだ。腹は太っているようにも見えるが、その丸みからは力強さが感じさせられる。眼はつむっていたが、ワイルドに伸びた眉が不思議なことに理知的な龍を思わせた。なんというか戦国武将の前田利家が家の旗印に採用していそうな人っていうか……。

 ところで、普段見かけるのは女性アバターが多い。その誰もが顔立ちも身体つきも、ほぼ例外なく盆栽よりも丹精込めて整えられている。しかも、胸には柔らかそうなラグビーボールが詰まっていて、服や甲冑越しにもその存在を主張してくるのだ。おそらく少子化の原因だろう。

 そんなわけで、このサウナのように男性アバターばかりが集まるのはちょっとだけ珍しい。

 今のところ、私の正面に座るのが、ただ一人の女性アバターだ。

 額が完全に見えるほどの短髪。ぴたりと閉じた腿へは両手をおしとやかに置いている。このような場所での着席のポーズなど男女一種類ずつしか存在しないが、斜めに組んだ脚が妙に美しかった。骨格の存在を強く感じさせる身体つきは、運動性を追及した結果だろうか。ちらりと見える黒目は小さく、三白眼を超えて完全な四白眼。なんというかイーグルのように空気抵抗やらなんやらへ最適化したような造形だ。

 正面にいるイーグルと私はずっと目が合っている。本来、サウナでの入浴中なら私が見ている方向とメヅの頭の向きは一致していない。基本的にキャラクターは正面を向いている。だから気にする必要などないのだが、なんとなく気まずい。

 目をそらし、天井付近の壁を見る。時計すらないので、とても退屈な風景だ。

 私の左隣にいた猟師風の野性的な男が立ち上がり、サウナを出ていった。ぞろぞろと四人の男衆が後を追う。

 この五人、同じ狩場を奪い合うライバル……といったところか。

 五人組と入れ替わりに、一人の新顔がサウナに入ってきた。

 武士風の……いや、これは女武者と呼ぶべきだろう。髪はかすかに青が混じった黒。ポニーテールの尾は水平に切り揃えられている。顔、身体、共に盆栽級。当然、胸にはラグビーボール。とうとう少子化の波動がこのサウナを襲うらしい。

 女武者は私の左隣へ座った。なんとなく、以前に会ったような気がする。換金台のある山道で、だろうか。

 さて、このサウナに入ってきたのは、女武者で九人目だ。

 私が今いるフィールドは同時入場が十二人までの制限がされている。

 十二人全員が別々の地点から、同じ時間にスタートし、それぞれが狙いをつけた狩場へと向かう。探索して良し。収集しても良し。

 セオリーは、まずこのサウナに入浴してステータス強化を受けること。ステータス強化の度合はサウナの入浴時間に応じて変わる。今回、私はサウナに二番乗りだった。一番は右隣の男だ。

 整理しよう。サウナ外で今このフィールドには三人の未強化プレイヤーと、五人の強化済みプレイヤーがいる。

 そしてこの場に未だ残る四人とその八人の狙いは被らないだろう。未強化の三人は難易度の低い近場のみを狙い、強化済みの五人は少し奥地を狙うだろう。

 問題はここにいる四人だ。最大の強化を得られるのは私と右隣の男。この先の行動が一致しかねない。

 次は正面のイーグル。入浴時間を考えれば、私とは別の目標を狙うはず。

 最後に入ってきた女武者。一体何を狙っているのか、さっぱり分からない。このフィールドでは、未強化状態で得られる成果は少ないのだ。どこに行っても強化済みプレイヤーに先を越されてしまう。

 ……いや、逆にこうも考えられる。

 フィールドの地形を把握したりといった練習の可能性だ。あるいは効率的なプレイなど考えていないのかもしれない。

 これはゲームである。誰もが最大の効率を求めているわけではない。探索ではなく、ただ散策して、サウナに入浴したりする。誰にも文句が言えないくらい、このゲーム世界を満喫する振る舞いだろう。

 さて、そろそろ強化度が最大になる頃だ――その時だった。

 この世界であり得ないはずの、人間の声が聞こえたのは。

「競うか、おぬしら……」

 隣のたくましい男が、腕を組ながら、そんなことを言った。

 マ……マジですか……。

 視線が一斉に男へと集まった――ような気がした。

 このゲーム、サウナの中では首が動かせないのである。

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