第28話
デンネの街に着いたのは昨日と同じ夕暮れ時で、四十代女性、老婆、二十代女性はここで馬車を下りて、
「送ってくれてありがとうね、助かったわ」
と四十代女性が、
「ここからすぐの所だからね、色々ありがとうね」
と老婆が、
「それじゃ、感謝してるわ」
と二十代女性が言うと、各々自分の目指す場所へと歩いて行った。
今日も、昨日と同じ様に安宿で空き部屋が一つしか無かった所為もあり、昨日と同じ様にアエネは固いベッドで毛布に潜り込み、レオパードは部屋の扉の前で座り込んで眠った。
翌日もレオパードが朝食を調達してくると、少々不貞腐れながらパンを齧るアエネ。
「お嬢、喜び。今日ゼクネーアに着く予定や」
「ホント!」
「何にも無かったらやけどな」
「ちょっと、怖い事言わないでよ」
「まぁ、なんもないやろ」
そう言いながらパンを胃に押し込めると、二人揃って宿を出た。馬車へと向かえば、レオパードは「今日中にゼクネーア領のルイデまで行きたい」という旨を伝えると、苦い顔をされて「夕方に着けばいい方ですよ」と返された。「そこをなんとか」と言えばジトリとした目で見られた。
レオパードは舌打ちすると、懐から『アエネの買い物代』の入った財布を御者に投げて寄越した。中身を確かめるとにんまりと笑う御者を憎たらしい目で見つめながら、アエネと一緒に馬車へと乗った。
馬車が走り出すと、砂利道で揺れる馬車の中、二人対面して座った。北へやって来た事もあり二人は寒くなってきたのか、レオパードは防寒具を、アエネは白いコートを身に纏った。そうして過ぎ去っていく風景を馬車の窓から眺めつつ、
「レオー、暇。何か話してよ」
「めんどい」
「ケチ―」
「ケチでええわい」
そう言い合いながら、途中昼休憩で町に降りるとレオパードは昼食用のパンを調達し、アエネと一緒に馬車の中で食べる。食べ終えると、御者に伝えて馬車はまた走り出した。
そうしてゼクネーア領に入ったのは夕日の沈む頃だった。本当なら近くの町で止まって翌朝出発のところを無理を言い、ルイデの街まで送って貰う手筈になっている。
それからルイデの街に着いたのは太陽が完全に沈み切った頃だった。
「着いたで、お嬢」
旅の疲れからか眠っていたアエネに声を掛けるレオパード。馬車が、馬車乗り場で止まると、レオパードが二つトランクを持って二人は馬車から降りた。御者に一応礼を言ってから二人は歩き出した。
コラドリス伯爵の屋敷までの道を二人はとぼとぼと歩く。けれど暫く歩いているとアエネが、
「レオ―疲れた」
「もうちょっとで着くから頑張らんかい」
「もー空飛んでよ!そしたらすぐ着くじゃない!」
「あれ、結構気力体力使うんやで、お嬢だけやのうて俺かて疲れとるねんで」
「いいから!ちょっとくらいいいでしょ!」
「あーもー分かったから、俺の分のトランクも持ってくれ」
「はいはーい」
アエネが二人分のトランクを抱えると、レオパードはアエネを抱きかかえ、カイネス粒子を集めて槍を形成するとそれに飛び乗って宙へと舞った。粒子を滑らせる要領で空を飛ぶアエネとレオパード。バサバサとブカブカのコートが風になびいてまるで群青色の風になった様だった。
そうしてあっという間にコラドリス伯爵邸へとやって来ると、入り口の門の前で地面に降りるレオパード。警備をしていた兵士が驚きながらも、アエネの姿を確認すると、門を開いて急いで屋敷の人間に伝えにと行った。
レオパードとアエネはもう一人の兵士に連れられて屋敷の中へと入って行った。
すると、
「アエネーー!!!」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえてきたかと思うと、スーツ姿のコラドリス伯爵が駆け足でやって来て、アエネの体を抱き締める。
「ちょ!?お父様!?く、苦しいわ!!」
「無事で良かった、王都でクーデターが起きたんだろう、よく無事で戻って来てくれた」
少し腕の力を抜いた伯爵はアエネの頭を何度も撫でる。その言葉にアエネは照れくさそうにしながら、
「それは、その……レオのお陰よ」
と答えた。驚いた様にアエネから身を離すと、レオパードの両手を握ってブンブンと振る。
どうやらもう既に貴族には連絡がいっているらしく、テロではなくクーデターと伝わっているらしかった。
「そうなのかい?グレイル君、君には感謝してもしきれないよ」
そう屋敷のエントランスで三人が話していると、年配の使用人が、
「旦那様、お部屋でお話しされてはいかがです?」
「それもそうだね、おいでアエネ」
レオパードも自分のとアエネのトランクを持ちながら伯爵の後を付いて行く。
そうして談話室へとやって来ると、レオパードはアエネのトランクを絨毯の敷かれた床に置いた。伯爵とアエネは椅子に腰かけ、テーブルに伸ばした手でアエネの手をぎゅっと握っていた。レオパードはアエネの後ろに立つ。
「それで何があったんだい?話せるかい?」
心配そうな顔をしながらアエネに王都で何があったのかを聞く伯爵。それにゆっくりと話し始めるアエネ。
「……うん、その……あのね、爆発がいっぱいあって……革命軍っていう人達の……アハルマンドに人質にされそうになったの」
「人質!?そんな危ない目に遭ったのかい?」
それを聞いてその場に立ち上がらん勢いでバンッと机を叩く伯爵。けれどアエネの話しは続いていて、
「でもレオが居たから相手のアハルマンドは諦めて行ってしまったの……レオを護衛にしてくれてありがとうお父様。あの時他の人が良いなんて言ってごめんなさい」
「いいんだよ、アエネが無事ならそれで」
「……ありがとうお父様」
アエネの言葉を聞いて、アエネの背後に立つレオパードに目をやると、
「グレイル君!ありがとう、君は娘の恩人だよ、礼をさせてくれ」
「いえ、仕事の範疇でやったまでの事で……」
と謙遜気味に答えるレオパード。けれど伯爵はそれではおさまらないらしく、
「では契約延長というのはどうだろうか?王都がクーデターにあって人員補充が出来なくなった国境警備隊の補助を頼みたいんだが。勿論今回よりも良い条件でどうだろうか?」
そんな好待遇絶対に受けると思うだろうが、レオパードは首を横に振り、
「申し訳ありませんが、やらなければいけない事があるので、お受けできません」
「そう、なのかい?」
「はい」
きょとんとした様子で伯爵はレオパードを見る。なんとしてでも礼がしたくて堪らないのだろう事は分かるのだが、レオパードにはやらなければいけない事がある。
「なら、せめて数日ここでゆっくりしていってくれないかい」
「急ぎの用なので、申し訳ありませんが……」
「そんな、私はどうしたら君に恩返しができるっていうんだい!?」
絶望に喘ぐ様に伯爵は席を立つと、レオパードに近付いて肩に手をやる。レオパードはそれを申し訳なさそうに、
「すみません」
と答えるのだった。
「それじゃ、ゼクネーアに寄った際には必ずうちに来てくれ、いつでも歓迎するよ」
「それは有難いです」
仕方なしに出した提案を漸くのんででくれたので、ほっとため息を吐く伯爵。
「せめて今日は泊っていってくれるだろう?」
「今夜はお世話になります」
「なら、今夜は宴だ。アエネの無事とグレイル君に感謝を込めて」
「ありがとうごさいます」
そうしてレオパードは若い使用人に案内されて、宛がわれた部屋へとやって来た。扉を開け部屋へ入ると、ソファに寝転がった。
「なんでやねん……師匠」
それだけ呟いて、緊張の糸が切れた様に眠ってしまった。
それから目を覚ましたのは夜中の事で、空腹から部屋の外に出るとレオパードが部屋に入る前に始まった宴はまだ続いているらしく、その大広間へと、使用人に案内して貰って向かった。
広間へ入ると、アエネが眠たげな表情でうつらうつらとし、伯爵は酒の所為で眠ってしまっている様だった。
そこへ年配の使用人がやって来て、
「お食事をご用意いたします」
「ああ、すみません」
軽く会釈をすると、席へと案内された。そうしてすぐに運ばれてきた料理に、特に煮込み料理が寒さの残る北ではとても美味しく舌鼓を打ちながら勢いよく口へと運んでいくレオパード。分厚いステーキを頬張ると疲れが取れる様な気がした。
そうして食事を終えると、眠っている二人はいつの間にか居なくなっており、若い使用人に案内して貰って部屋へ戻り、シャワーを浴びて服を着替えベッドに潜り込んで眠ってしまった。
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