第26話

 けれどホッと安堵の息を吐く女性たち。

「良かった、これで帰れる……」

「ホントよね……」

 そう口々に言う女性たちに、レオパードは、

「どこの街まで行けばいいんや?俺らはゼクネーア領のルイデまで行くつもりやけど」

「私はエレントまで」

 と妊婦の女性が、

「私はニーアまで」

 と四十代くらいの女性が、

「私はデンネなんだけれど……いいのかい?」

 荷物を膝の上に置いた老婆が、

「私はジャネークまで」

 二十代くらいの女性がそう言う。

「取り合えずエレントまで急いで行って貰う事になっとる。そこから先は多分デンネまで行けるやろう。その後はゼクネーアまで一気に行くつもりでおる。個別には送っては行かれへんけどええか?」

「近くの街まで連れて行って下さったらそれだけで十分よ」

 そう四十代の女性が頭を下げながら言う。

「それより乗せて下さって本当にありがとうございます」

 と今度は妊婦の女性が頭を下げる。

「かまへん、気にすんな」

 そう礼を言われているレオパードの手を何故か抓るアエネ。

「なんやねんお嬢」

「なんでもない、ふーんだ」

 その少々拗ねた様な仕草に何の事かさっぱり分からず首を傾げるのだった。それに女性陣からクスクスという笑い声が聞こえてきた。よく分からないままでいるレオパードを差し置いて、女性陣は話をし始めた。

「ねぇ、赤ちゃん男の子かな女の子かな?」

 そうアエネが尋ねると、妊婦の女性は、

「どちらでも、健康に生まれてくれればそれだけで十分よ。けれど個人的には女の子が良いかしらね?」

「しっかりした旦那さんがいるからきっといい子に育つよ」

 そう老婆が頷きながら話を繋げる。

「彼もきっと今頃王都を出ようと必死な筈だわ、どうか無事でいて欲しい」

「きっと大丈夫よ、王都の騎士団は精鋭ぞろいだって聞くし、守って貰えるって」

 と四十代くらいの女性が言えば、

「それにしてもこの馬車良く動かせたわね?乗せてって何度言っても無理だったのに」

「それはレオに聞いて」

 そうアエネが呟けば隣に座るレオパードに視線が集まる。

「え?簡単やで、金の力で強引に押し切っただけや」

 それを聞いた女性陣は、苦い顔をしながら、

「うーわ、聞かなきゃ良かった」

 等と言う始末。そうしていなければ今頃こうやって馬車に揺られている筈がないというのに、と思いながらげんなりとした表情をするレオパード。

 それからお喋り好きな女性陣達は各々話をしながら思い思いに馬車の中で過ごしていた。

 それからどれくらい経っただろうか、馬車の窓から地に沈む夕日が見えだした頃、一行を乗せた馬車はエレントに到着した。

 レオパードは馬車から降り、御者に話をすると「明日まで馬を休ませたい」と言ってきたので、この街で一泊する事となった。とはいえ、ここは最初の予定で降りる街では無かった為、アエネの父であるコラドリス伯爵の手紙を見せたところでなんの効果も無い。事前通達も予約金もなされていないからだ。

 よってこの街で宿を借りることになるのだが、この街には安宿しかないと聞く。

 どうしたものかと唸っていると、背後から、

「レーオ!どうしたのよ考え事?」

「なんや用でもあるんかお嬢?」

「あのね妊婦のお姉さん、ありがとうって言いたいんだって」

「別にええがな、そんなもん」

「だめ!ちゃんと聞かないと私が怒るよ!」

「……お嬢がいうんやったら……まぁ」

 そうレオパードが言うと、妊婦の女性がやって来て、

「今回は本当にありがとうございました。今日中に戻ってこれて嬉しいです」

「まぁ、大したことはしてへんけどな……」

 等と照れくさそうに頬を掻くレオパード。

「それじゃあ、家に戻ります。本当にありがとう」

「お姉さん、元気でね」

「お嬢さんもね」

 と二人に向かってお辞儀をして行ってしまった。

 その姿を見送ると、馬車の中に居る女性陣に「御者が馬を休めたいから今夜はこの街の宿で一晩過ごして欲しい」という旨を離した処、

「えーこのまま行くんじゃないの?」

 と二十代の女性が文句を言う。それに、

「ここまで乗せて下さったんだから文句を言うのは筋違いじゃないかい?」

 そう老婆が諫めてくれた。それを聞いて膨れながら鞄を漁る二十代の女性。

「分かったわよ、適当に宿取ればいいんでしょ、それで明日の朝に出発ね?」

「すまんが頼むわ」

「さて、私も行こうかね」

 老婆が馬車を下り宿を探しに行こうとすると、

「ねぇおばあちゃん、私たちと一緒に泊らない?」

 等とアエネが言い出した。

「お嬢、素性の分からん人間を同じ部屋に入れるんは俺は反対や」

「いいじゃない、おばあちゃん一人で宿取れると思ってるの?」

「それくらいできるやろう」

「いいもん、そしたらレオとは別行動するんだから」

「それはあかん!」

「だったらいいじゃない、ねぇ?」

「私の事は気にせんでいいよ」

 アエネが我が儘を言うのはこれで何十回目だが、相手の老婆が謙虚にされてしまってはレオパード一人悪者の様になってしまって、なんだか申し訳ない気持ちにさせられてしまう。

「じゃあ、私と一緒ならどう?」

 そう言い出したのは四十代の女性だった。

「私は部屋代を折半出来て助かるけど」

「お嬢、そう言う事にしてくれんか?」

「………分かった、お姉さんおばあちゃんの事宜しくね」

「世話を掛けて申し訳ないね」

 そう言って宿へと向かって行く二人を見送ると、残っていた二十代の女性も、

「それじゃ、明日ね」

 と言って宿へと向かって行った。

 レオパードはアエネの荷物を持つと、

「俺らも行くで、部屋空いとるとええんやけど」

「お父様の手紙で何とかならないの?」

「あれはなぁ、事前にここのホテルに泊まるって前金払っとるから通じた手や、今回はそうはいかへん」

「そうなんだ……あー早くフカフカのベッドで寝たいー」

「残念やけど安宿しかないからベッド硬いで」

「ええー!!」

 そう文句の声を上げるアエネをよそにトランクを持ったレオパードはとある宿へと入って行った。

「一人部屋二つ空いてます?」

「すみません、今日は王都から逃げてきた人ばかりで……あ、一人部屋なら一つ空いてますよ」

「なら、そこを頼んます」

「はい、承りました」

 そう言って鍵を受け取り、言われた通り階段を上って二階に上がるとその奥の角部屋へと向かうレオパードとアエネ。鍵を差し込み扉を開くと、アエネは「何よこれぇ~」と文句を言う。今まで最上級のホテルの部屋に泊っていたのだ、平民の使う宿とは雲泥の差がある。文句を言うのも分かるが、今回ばかりは我慢して貰うしかない。

「悪いけどここで我慢して欲しいんや、頼む」

「まぁ、レオがそこまで言うなら我慢するけど……もしかして明日もこんな感じなの?」

「……その予定や」

「もう!何よそれ!もう早くお家に帰りたい!」

「けどな!早く家に帰る為に仕方なくや、お嬢かて早う家に帰りたいやろ?」

「そうだけど……いつ帰れるの?」

「予定では明後日、もう一日我慢して欲しい」

「…………しょうがないわね、今回だけ特別よ」

 アエネのその言葉にレオパードは安堵の息を吐く。

「ベッドはお嬢が使いー」

「え?そしたらレオはどこで……」

 レオパードは部屋の扉前に座ると、そこで胡坐をかいて、

「俺はここで変な奴が入って来ん様に見張りながら寝る」

「えーと……大丈夫なの?」

「問題あらへん、慣れとる」

「なら良いんだけど」

 そう言うとアエネはベッドに腰掛ける。硬いそれに眉を寄せながら、そうだ!と思い立ったように、

「そう言えばお風呂は?」

「ここにあると思うか?」

「えーシャワーも無しなの!?」

「もうええから、寝ようや、お嬢。俺もう疲れとるねん」

 そう言うと目を閉じるレオパード。

 それを見て仕方がないと自分に言い聞かせる様に硬いベッドに横になり毛布に潜り込むと、二人は眠りについた。

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