第11話
そんな話をすれば、伯爵はほほーと焼き菓子を頬張りながら感心した様に声を上げた。
「この程度の話しか出来ませんけど」
「いやいや、実に面白い。仕事の合間に聞くにしては少々過激だが、面白い」
「なら、良かったです」
ホッと息を吐きながらレオパードは茶をコクリと飲む。焼き菓子に手を伸ばしてそれを頬張れば、食べた事のない程の美味しさに驚いた。
「お、おいし!」
「それは良かった。さて名残惜しいが私は仕事に戻らなくてはいけない、グレイル君はそのままゆっくりしていってくれたまえ」
「ありがとうございますー」
「それでは、次は夕食を一緒に出来ると良いのだけれどね」
そう伯爵は言い残して部屋を出て行った。
残されたレオパードはお言葉に甘えて、残っている軽食を食べては舌鼓を打ち、香りのよいライジーア茶を飲み干すと、席を立って部屋を後にした。
若い使用人の案内で宛がわれた自室へ戻ろうとしていた時だった、
「レオ!アンタちょっと手伝いなさい!」
「なんでやねん」
「いいから来るの!」
アエネに腕を掴まれ引っ張られていく。階段をいくつか上ると、とある部屋の前に付いた。レオパードを案内してくれている若い使用人も一緒に付いて来てくれているようだった。そうして扉を開くと、広い部屋に所狭しと服が散乱していた。
「……なんやん、これ」
「服選びしてるのよ!アンタ王都行った事があるならどういうのが流行りか教えなさい」
「はぁ?女の服なんて見てへんわ、俺見てみ?何時もこれやで」
「何よもう!役に立たないわね。じゃあ、今の王都の気候だとどういうのが良いのかくらいは分かるでしょ、答えなさい」
「せやなー………この辺りくらいちゃうか?知らんけど」
「何よもう、アンタホント役に立たないわね」
「勝手に期待すんなや」
レオパードはくるりと背を向けて部屋を出て行くと、
「もうええな?帰るでー」
「好きにしなさいよ」
アエネは服を何着も出してはこれでもないあれでもないと悩んでいるのだった。
レオパードは若い使用人の案内で宛がわれた自室へと戻り、開錠して部屋に入ると内からも鍵を掛けて、やれやれといった様子でソファに寝転がるのだった。
そうしていると陽も傾き、夕方の空になり始めると扉がノックされた。開けてみれば若い使用人が立っていて「夕食のご用意が整いました、旦那様がご一緒したいと仰っておられます」と言ってきて「それなら行かへんとな」と言ってコートを羽織り、扉を施錠して、若い使用人の後を付いて行く。大きな階段を下り、別の屋敷に屋根の付いた廊下を歩いて進むと、長テーブルに幾つもの椅子が並んだ部屋へと通された。
長テーブルの奥の席とその左右の席にカトラリーが並んでいるのを見ると、どうやらここに座れという事らしいのが分かった。伯爵がまだやって来ていない状態で座って良いものかと考えあぐねていると、アエネがやって来た。
「げ!?アンタも一緒な訳!?」
「伯爵様から夕食も一緒にどうやって言われたんや」
「まぁ、いいけど……テーブルマナーくらい知ってるでしょうね」
「知らんがな」
「アンタねぇ!仕方が無いから教えてあげる、ナイフとフォークは外側から使うの、それと食べる時に音を立てない、これくらいなら簡単でしょ」
「そう言われてもな」
アエネはイライラとしつつ、
「いいから席に着きなさい、私はこっち、アンタはあっちよ」
そう言われた通りに席に着くレオパード。正面にはアエネの姿がある。
暫くすると伯爵が部屋へと入ってきて、長机の一番奥の席へ座った。
「遅くなって申し訳ないね、それでは食事としようか」
それにレオパードは小さく手を挙げて、
「すいません、テーブルマナーには詳しくないんで失礼がありましたら申し訳ありません」
「いや、気にする事は無い、ゆっくり語らいたいと思っていてね、また話を聞かせてくれないか?」
「それは、はい……つまらない話になるかもしれませんが」
そうしていると料理が運ばれてきた。アエネを見ながらナプキンを膝に置いて、まずは前菜。アエネに言われた通り外側からナイフとフォークを取り、正面のアエネがしているのを真似ながら前菜を口へと運んでいく。
「それはそうと、王都にも行った事があるそうじゃないか」
「はい、行きましたけど、用心護衛が中心で観光どころじゃありませんでした」
「そうなのかい、勿体ない。アエネ、時間がある様ならグレイル君を連れて観光してきなさい。どうせ護衛なのだから街中では常に一緒だろうからね」
「えー……でもお父様が言うのでしたらそうします」
「うん、宜しい」
そうしていると次々に料理が運ばれてきて、アエネを見てはそれを真似て食事を進めていく。きっと美味しいのだろうが緊張してしまって味がよく分からないレオパード。
「グレイル君、他に地方での話を聞かせてはくれないだろうか?」
「あ、はい、良いですけど、そうですねぇ~南のライラス地方での海賊退治とか……」
「海賊退治!それは面白そうだ、ぜひ聞かせてくれないか」
「はい……」
レオパードは苦心しながら食事を進めつつ、海賊退治の話をし始めた。ライラス地方の懸賞金付きの海賊が居て傭兵数人でチームを作り、商船が襲われている処へレオパードが単身乗り込み、相手を翻弄しつつ他の傭兵は浜から小舟で近付き、一気に海賊船に乗り込み、混乱の中に更に混乱を作り、数名は逃したものの海賊船ごと乗っ取る事に成功し、騎士団に引き渡した。
そんな話をすると、伯爵は興味深そうに頷いた。
「グレイル君が行っていない場所はあるのかな?」
「ゼクネーアに来たのは初めてです」
「そうか、それは嬉しいね。それでここの印象はどうかね?」
「石造りの街が綺麗です、あそこまで整った街は久しぶりに見ました」
「そうか、それは嬉しいね」
そう話しながらアエネを見れば、何か怒った風に食事を進めていた。何か気に入らない事でもあるのだろうと思いはしたが、それだけで、レオパードは視線を伯爵に戻した。
そうしていると最後のデザートが運ばれてきて、この辺りで旬なのだろう柑橘類をレオパードは苦心しながらも食べ終えると、
「さて、今日はここまでにしようか。明日また話を聞かせて欲しい」
「俺なんかの話で良いんでしたら」
「楽しみにしているよ」
伯爵はそう言うと席を立って部屋を出て行った。それを見送ると、アエネが噛みつく様に、
「なによ!お父様にはあんなに丁寧に話して、私とは大違いじゃない!」
「当たり前やろ、雇い主には誠心誠意仕えるのが俺のやり方や」
「もういい!部屋に帰る!」
「さっさと用意せーよ」
「五月蠅いわね、ホントに!」
そう言ってアエネは部屋を出て行った。レオパードも席を立つと、若い使用人の後を付いて宛がわれた部屋へと戻って来た。扉を開錠し中へ入ると中からも施錠した。そうしてソファに寝転がるレオパード。
暫くだらだらとしていたが、眠る時間になるとシャワーを浴び服を着替え、部屋のベッドに潜り込んで眠ってしまった。
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