第10話
けれどそれは数分で妨害される。
レオパードの部屋の扉が物凄い勢いでノックされたからだ。余りの五月蠅さに起き上がりベッドから降りると防寒着を着て扉を開く。
そこに立っていたのは伯爵の末娘のアエネだった。
「なんやねん、用があるんなら後でにしてくれや」
「何よその言い方!ドナンズ弁全開じゃない!隠しなさいよね!ていうか折角庶民に構ってやろうってのにどうしてタメ口な訳!?年下の癖に」
「誰が年下やねん、俺は十九歳やぞ」
「うっそ!?年上!?ありえないんだけど!けど、だからって貴族相手にタメ口なんて良くないに決まってるじゃない」
「俺が契約したんは伯爵様であってお前やない、それだけや。つーか用意は出来たんか?」
「五月蠅いわね!気分転換に構いに来てあげたのよ!喜びなさいよ!」
「用意すんの途中で嫌んなって俺んトコ来たんか、暇やのぉ~」
「だからタメ口止めなさいよね!名前呼び捨てにしたら許さないんだから」
「じゃぁお嬢でええか?んで、暇なお嬢は俺に構って欲しくて来た訳やな?」
「だからタメ口はっ!」
「直さへんで」
「もう!何なのよアンタ!」
「レオパード・グレイル、名乗ったで」
「じゃあレオでいいわね、それでレオ私の相手をしなさい」
「嫌や」
「アハルマンドの力見せるくらいいいでしょ!」
「嫌や、面倒臭い」
「私が言ってるのよ!」
「伯爵様でない限り見せる気にはなられへんな」
「もういいわよ!」
そう言ってレオパードの扉の前から去っていくアエネ。やれやれといった様子で扉を閉じて部屋のソファに腰掛けると、十五分もしない内にまた扉がノックされた。扉を開いてみれば案の定アエネが立っていて、
「なんか、暇つぶしの相手しなさいよ」
「他に相手おらんのんか?」
「お兄様達はお父様のお仕事のお手伝いをしているし、お姉さまは婚約者の所へ行っていて暫く帰ってこないの」
「一人残されたんか、不憫やのう~」
「言い方がムカつくんだけど!」
「しゃーないから相手したるわ、ボードゲームくらいならな」
「言い方がムカつくんだけど」
「なら一人で用意の続きしーや」
「分かったわよ!それで我慢してあげる!」
「一々偉そうやなぁー」
「アンタに言われたくないわよ」
レオパードはコートを着ると、部屋を出た。施錠をし鍵をポケットに入れると、アエネと共に廊下を歩く。「こっちよ、付いて来なさい」と言われるがまま、進んで行けば室内遊戯の道具等が置かれている遊技場の部屋へと入っていく。
「はぁ~貴族の屋敷にはこんなもんまであるんか」
「で、アンタは何ができるの?レーネン?それとも他に何か?」
「カードゲームやったら負けへんで」
「そう、ならカードゲームね。エンペラーガウス?レフェラー?それとも他の?」
「レフェラーにしよか、二人やけどな」
そうしてレフェラーというカードゲームを始めた二人だったのだが、十五分後、
「なんでアンタばっかり勝つのよ!?信じられない!私強いのよ!なんでよ!!」
「そりゃイカサマしとるからに決まっとるやろ」
「イカサマ!?信じらんない!こういうのは正々堂々やるものでしょ!」
「時と場合によっちゃイカサマせなあかん時もあんねんで」
「そんな時なんて私には一生来ないけどね」
「世間知らずやのぅー」
「アンタ一々五月蠅いのよ!もう一回よ!今度はイカサマ無しで!」
「へいへい」
そうしていると、アエネはお腹が減ったのか、
「お茶にするわ、ついでに軽く食べたいし」
「さよかー」
「アンタも来るのよ!」
「なんで俺も行かなあかんねん」
「何でもいいから来なさい!」
「へいへーい」
カードを片付け、遊技場を後にするとアエネの後ろを付いて行くレオパード。そうして辿り着いたのは太陽の光が眩しい程に入るサンルームのある部屋だった。沢山の植物が並べられ、今の季節に咲く花がテラス席になっているサンルームの端に置かれていた。
「こりゃまた洒落た部屋やなぁー」
レオパードの言葉を無視してアエネは使用人に「ティーセット二人分持って来てくれる?」と声を掛ける。「畏まりました」と使用人が礼をすると、テラスの席に座った。
「アンタはこっち」
「へいへい」
そう言って仕方がないとばかりにその席へ腰掛けると、レオパードの方をじっと見つめるアエネ。
「なんや?人の顔になんか付いとるか?」
「レオって気が利かない奴ね、何か話しなさいよ」
「話せ言うてもな何がええか分からんわ」
「アンタ、色んな所行って来たんでしょ?その話しなさいよ」
「へいへい、そう言う事かいな、そうやなぁ……前西に行った時砂漠で迷子になった話でもしよか?」
「砂漠!?西には砂漠があるの?」
「そうやで、国境付近は砂漠で国境線争いが激しいからな、何時も人員が足りてへんから傭兵雇いまくってるねん」
「そんな中迷子になったの?」
「まぁな、敵国兵士を追っかけとったら本隊からはぐれてもうてな、あの時は死を覚悟したで、ホンマ」
そんな話をしているとお茶のセットが持って来られた。
「俺ももろてええんか?」
「今回だけ特別よ、あっちこっち行った話を聞かせてくれるんならね」
「分かった、次は王都の話でもしよか?行くんやろ?これから」
アエネは茶を一口飲んだ後三段ある菓子の皿の中から一つを取ると、それを口へ運びながら、
「知りたい!王都ってどんな所よ?」
「取り合えずここより温いで、ここの夏くらいやと思とった方がええ」
「えー!それじゃ服選び直しじゃないー」
「知らんがな。それと色んな人種がおるな、ここみたいに金髪ばっかりちゃうし、肌の色が違う奴らも多い」
「ふーん」
「つーか、聞いてええんか分らんのやけど何のために王都に行くんや?」
「貴族には十六歳になると王様の前でやらなきゃいけない儀式があるの、それをする為に行くのよ」
「へぇー」
レオパードは茶を一口飲むと「旨いなこれ」と呟いて、菓子の皿から一つを取る。
「貴族ちゅーんも大変なんやなぁー」
「庶民と比べた事無いから分かんないわよ」
焼き菓子を口へ運びながらアエネはそんな事を呟く。
「まぁそんな事今はいいわ、話の続き聞かせなさいよ」
「せやな、王都の事やったな」
「そうよ」
そうしてレオパードは王都はどういう場所か、雰囲気はどんなものか、等を話して聞かせる。アエネは興味深く何度も頷いては話を聞いている。一通り話し終えるとレオパードは冷めてしまった茶をコクリと飲む。アエネは三つ目の菓子を取ると、
「それ食ったら王都に向けての準備せーよ」
「分かってるわよ、それくらいあんたに言われなくてもね」
「へいへい、そうかいな」
レオパードは茶を飲み干すと、席を立った。
「話はこの辺でええやろ?もう行くで」
「まだ聞き足りないわよ」
「それやったら早う用意済ましてから誘うんやな」
「分かったわよ!」
レオパードはサンルームのある部屋を出ると通りがかりに使用人に「俺の部屋ってどこです?」と聞いて「ご案内いたします」と言われ後を付いてく。無事宛がわれた部屋へと戻って来ると、ポケットから鍵を出して開錠し、扉を開けて中に入り内側からも施錠した。そうして部屋のソファに腰掛けるとぐんと伸びをして、はぁとため息を吐いてそのソファに寝転がる。
それから暫くすると、昼食の時間だと使用人が扉をノックして知らせに来た。
扉を出て使用人の後を付いて朝食を取った部屋へとやって来ると既に湯気の立ち昇る料理がテーブルに置かれていた。それを手早く食べ終えると、使用人の後を付いて宛がわれた自室へと戻った。
やれやれと自室のソファに寝転んでいると、また扉がノックされた。扉を開いてみれば若い使用人が立っていて、
「旦那様が一緒にお茶をしないかと仰っておいでです」
「伯爵様が?」
「はい、いかがなさいますか?」
「そりゃ行くに決まっとるやろ、ちょっと待ってな、用意するから」
と言って脱いでいたコートを身に纏うと、部屋を出て扉を施錠する。鍵をポケットに入れて若い使用人の後を付いて行く。辿り着いたそこは南向きの大きな窓のある部屋だった。既にお茶と軽食の皿が並べられていて、伯爵は茶をのんびりと飲んでいるところだった。
「失礼します」
「ああ、来てくれたんだねありがとう」
「伯爵様のお誘いを断る訳にはいきませんので」
「さ、座ってくれたまえ」
「失礼します」
そう言ってから伯爵と対面する形で席に着くと、茶を一口飲んだ。先程アエネと飲んだ茶と違う香りの茶だった。
「ライジーア茶は初めてかな?この地方でしか取れない茶なのだよ。それで、言葉のイントネーションからやはりドナンズの出身なのかな?」
「生まれは知りませんけど、育ちはドナンズです」
「そうなのかい、ドナンズは不思議な活気に満ちた街だから凄く印象に残っているよ」
レオパードはキョトンとしながら、
「ドナンズに行かれた事がありはるんですか?」
「ああ、若い頃に先代から色んな土地を見て来いと言われてね。息子達にもそうさせているよ」
「それで末のお嬢様しかおらへんのですか」
レオパードは納得のいった様に頷いた。
「ああ、アエネも直にここを発って王都へ行く。アエネから聞いたかもしれないがとある儀式があってね」
「お聞きしました。貴族の方はやはり庶民と違い大変なんですね」
「君こそ、色んな所を旅したと聞いているよ、一つ何か話してはくれないだろうか?」
「伯爵様はお忙しいんではないんですか?」
「なに、気分転換も必要だろう?」
「そうですか、では東のレナント地方に行った時の話でもしましょか」
レオパードはそう言うと、レナント地方で体験した話をし出した。
東国の異国情緒溢れる建物や、他の地方では見れない大陸の東の物が流通し、貿易都市として発展しているレナント地方で、レオパードはとある盗賊団を壊滅した話をし始めた。勿論これはレナント地方の騎士団からの依頼であり、正当性のあるものだ。
レオパードは同じく騎士団に雇われた傭兵と共に盗賊団のアジトを見つけると、岩の洞穴であるそこに爆弾を仕掛け全員を中に閉じ込めるという作戦を立てた。団員の数を把握し、全員がアジトへ戻った瞬間洞窟を爆破した。数日時間を空けて盗賊達が衰弱した頃を見計らって、駆け付けた騎士団の手により全員が捕縛された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます