第6話

 大剣の男は剣を引くと勝者の部屋へと入って行った。残された槍の男はフラフラとしながら立ち上がり、重い足取りで闘技場から出て行った。

 そうしてレオパードの番が来た。相手は先程勝者の部屋で「俺と戦え」と言ってきた男だ。二人闘技場の真ん中へと向かうと、観客席から「アハルマンドだ!」という声が聞こえてきた。

 程よく距離を取ると持っていたトランクを地面に置いた。そうして槍を形成すると、相手に向かって構える。相手は使い込まれた剣を構えた。お互い相手が動くのを待っていたが、どちらも動く様子が無いのでレオパードが駆け出し男に向かって行った。粒子を固めて足場を階段状に作るとそれを上って二メートル程上から槍を振るった。男はそれを剣で防ぐと、レオパードはくるくると回りながら後方に下がる。

 その隙をついて突きをしてくる男にレオパードは自分の前に粒子の壁を作り、相手の突きを防いだ。その後も上から横から斬撃をお見舞いされるが、全て粒子の壁を使って防ぐ。そうして男が息を上げ始めた頃、レオパードは槍を持ち直すと柄で男の腹を思い切り突いた。男はガハッと腹にお見舞いされた一撃でふらつくが剣を手放さず、少々距離を取ってレオパードの様子を見ている様だった。

 少々落ち着いたのか男がまた斬撃を振るう。最初は中段、次に下段、それらを避けると更に下段へ横凪ぎの一閃を振るうが、レオパードの小さな体はは体を折り曲げてそれを避ける。そして自分の背後の低い位置に粒子の壁を作ると、それを足場に低く弾丸の様に相手の足を狙って槍を振るう。その一撃は命中し片方の足に傷を負った男はその場に座り込んだ。それでも剣を構える男に剣を槍で弾き飛ばし、喉元に槍を突き付けた。

 男は参ったと言わんばかりに両手を上げると、レオパードは槍をかき消した。

 そうしてトランクを持って勝者の部屋へと向かうレオパードは、一度振り返り、男の足の傷を見ながら「ちょいとやり過ぎてもーたか」と小さく呟くと、部屋の中へと入って行った。

 部屋に入ると、

「やっぱりお前が勝ちか!」

「流石アハルマンドは違うな」

「そんな特別な事してへんで」

 等と言いながら先程と同じ場所に座り、給仕をしている使用人に先程と同じく茶を頼むと、すぐに持って来たそれをズズっと啜る。

 そうしていると燕尾服を着た年配の男性がやって来て、

「皆様、お疲れ様でございます。早速契約、と行きたい所ですが、お時間も昼を過ぎてしまっておりますのでまずはお食事をお楽しみ下さい。その際に旦那様から皆様に依頼内容をお伝え致します。くれぐれも粗相のない様お願い申し上げます」

 そう言って「こちらへどうぞ」と部屋の奥の扉から外に出て、屋根の付いた廊下を歩き別の離れへと、男性の後ろを付いて行く三人。

 別の館に入ると磨きあげられた美しい石の床をコツコツと音を立てて進む三人。建物の内装も至る所装飾が施され、周りを見渡すだけで庶民と貴族の差を感じさせる。暫く歩き到着した部屋の扉を男性が開けば、中から料理の良い匂いが漂ってきた。荷物を持ったままその部屋へと入ると、丸い机の上には見た事も無い程豪華な料理が用意されていた。

 鳥を丸ごとローストした物や分厚いステーキ、焼きたてのパンの側には何種類ものジャムが用意されていて、この地方の保存食だろう、肉の燻製に南国から取り寄せたであろう何種類もの果物が篭いっぱいに入っていた。

 三人は席に着くと空腹だったのもあって、勢いよく食べ始めた。

「うまっ!これこの肉うまっ!!」

「あーこれが貴族様の食事か、いいなぁ……」

 という二人に対してレオパードは無言で黙々と食事を進めていた。

「なんだよアハルマンドーちょっとは反応しろよなー」

「そうだぞ、アハルマンドはノリが悪い」

「別にええやん、つーか俺はアハルマンドって名前やないんやけど」

 そう言いつつも黙々と食事を続けるレオパード。

「そういや名前聞いてなかったな、俺はラインド、ラインド・ロローグス。東のレナント地方の出だ」

 そう大剣使いの男は名乗った。茶色い髪に緑の瞳、整った顔立ちからさぞモテるだろう事が伺える。その上、こんなに人懐っこい表情を浮かべ、相手との距離を取るのが上手いときている。これは女性が放っておかないだろう。

 続けて大斧の男が、

「セルバ・ディスカス、出身は王都グアニラだ」

 と名乗った。白髪混じりの黒髪を短く刈り上げ、少々気難しそうな表情を浮かべるのだが、それが落ち着いた印象を与え、頼りになる存在だと認識させる。ベテランの凄みというものだろうか?そんな雰囲気を醸し出している。

 続けてレオパードも、

「レオパード・グレイルや、宜しくなー」

「出身はドナンズだろ?」

 そう名乗れば、大剣の男ラインドがそう言う。

「生まれは知らんけど育ちはドナンズやで」

「やっぱりか、ドナンズの奴らは訛りを直さない事で有名だからな」

 大斧のセルバがそんな事を言い出した。

「ドナンズは地方いう感覚が無いからな、直す意味が分からへんわ」

「大抵そう言うよな、ドナンズの奴って」

 そうラインドが言えば、

「ロローグスの方も訛りはあるのか?」

 とセルバが口を挟んできた。

「ラインドでいいよ、やっぱり訛りはあるね、中央に行くと田舎者扱いされるから直してるけどさ。そういうディスカスは王都出身なんだろ?良いなー俺もあんな田舎じゃなくて都会に生まれたかったよ」

「王都といっても端の方だからな、都会の中の田舎だ。それとセルバで構わない」

「それでレオパード、ドナンズってどんな所だ?」

「なんで俺だけ名前呼び捨てやねん」

「えー、だって年下だろ?」

 そう言いながらも分厚いステーキを口へと運ぶラインド。それにため息を吐きながらレオパードは、

「一応十九歳やねんけどな」

「うっそ!?年上!?俺十七歳」

 驚きを隠せないでいるラインドに、セルバは、

「俺はもうすぐ三十六歳だ」

「わーお、先輩宜しく」

「よろしゅーな」

 等と言いながら食事を進める三人。そうしているとレオパードは思い出したかの様に懐を探ると写真を一枚取り出した。

「ちょっとええか?人探ししてるねんけど、こういう人見た事無いか?」

 そう言って白黒のレオパードともう一人の男性が写っている写真を見せる。

「あー……ちょっと分からないな、力になれなくてごめん」

「俺も見たことが無い、済まないな」

「さよかー、ええって気にせんといて」

 その写真を見たラインドは、レオパードに、

「もしかしてその人探す為に傭兵になったとか?」

「せやで、あっちこっち行ってるねんけど見つからへんわ」

「そっか、大変だな」

 そうして三人談笑しながら食事をしていると、部屋の扉がノックされた。

 三人共扉の方を見ると、先程の燕尾服を着た年配の男性と共に五十代くらいのスッキリとしたシルエットのジャケットにリボンタイを付けた、はつらつとした表情の五十代の男性が入って来た。

「食事中のところ失礼、私はオルテガイ・コラドリス、皆には伯爵と呼ばれているよ」

 その言葉を聞いた途端、三人は席を立った。伯爵は使用人の用意した椅子に腰かけると話を続けた。

「ああ、どうぞ座ってくれたまえ。堅苦しいのは抜きにしよう。まずはお疲れ様。良い戦いを見せて貰ったよ、そしてアハルマンドまで居るとは思わなかったよ」

「それは……どうも」

 三人は席に着くと、レオパードはペコリと頭を下げた。

「それで、気になっているだろう仕事についての話をしよう。三人の内二人は王立騎士団の国境警備隊に入って貰いたい。この前北の隣国と小競り合いをした時に負傷者が出てしまってね、中央から派遣されるまでの穴埋めをお願いしたい。この地を治める辺境伯として騎士団の力になりたいからね」

「それでもう一人は何をするんですか?」

 そうラインドが聞けば、

「うちの末娘が王都に向かう用事があってね、それの護衛を頼みたい」

「伯爵家の令嬢となれば、そういった仕事は騎士団のやる事ではありませんか?」

 セルバがそう尋ねると、伯爵は首を振って、

「先程言っただろう?国境警備隊に人員補充が必要だと。そんな中、プライベートな用事で騎士団の人間を引き抜く事は出来ない」

「なるほど、分かりました」

 セルバが納得した様に頷くと、伯爵は話を続ける。

「それで娘の護衛なんだが、アハルマンドの君に行って貰いたい」

「俺……ですか?」

「そうだ、君に頼みたい。良いだろうか?」

「伯爵様がそう仰るのなら、従うまでです」

 レオパードは戸惑いつつも頷くしかなかった。

「ならばそれで決まりだね、傭兵は物分かりが早くて助かる。食事が終わったら契約書にサインを頼むよ、それではこれで失礼する、ゆっくり食事を楽しんでくれたまえ」

 それだけ言い残すと、伯爵は燕尾服を着た年配の男性と共に部屋を出て行った。

 仕事内容を告げられて、呆然とする三人。けれどラインドがフフフと笑いながら、

「貴族のお嬢様の護衛なんて羨ましいな~」

「俺としては国境警備の方が良かったんやけど」

「伯爵様の指名だ、諦めろ」

 そう三者三様の反応を見せると、中断していた食事を再開した。

 食事を終えると、燕尾服の若い使用人に案内され、伯爵の執務室へと向かった。扉をノックすると「お三人様をお連れしました」と使用人が告げる。内側から年配の男性が扉を開けると、三人に入る様にと促す。

 若干緊張しながら足を踏み入れたそこは日差しが良く庭の景色の良く見える部屋だった。真ん中に大きな執務机と壁際に本棚が幾つか並べられていた。

「わざわざ来て貰って申し訳ないね」

「いえ」

 そうセルバが言うと、

「それでは契約といこう、アハルマンドの君はこの契約書に、もう二人にはこの契約書にサインを貰えるかな?」

 渡された羊皮紙には仕事内容と契約期間それに報酬が書かれていた。報酬額は他では考えられない程高額だ。

「こ、こんなに頂いて宜しいのでしょうか?」

 セルバが震えた声でそういうのだが、伯爵はにっこりと笑い、

「国境警備も色々あるだろう?それくらい払って当然だよ」

 そう言うのだ。そしてレオパードの方を見て、

「うちの末娘は我が儘でね、色々と面倒を掛けると思うが宜しく頼む。それと間違ってもそういう事にはならないようにね?」

 ニコニコと笑いながらも鋭い眼光でレオパードを見つめる伯爵に、レオパードは思わず、

「は、はい!勿論です!」

 と答える外無かった。

 各々が内容を確かめ確認してからサインを書き込み親指で判を押す。それを伯爵へと手渡した。

「という訳で、これからよろしく頼むよ。今日は疲れただろうからもう休むといい。部屋へ案内しろ」

 そう言われた燕尾服の若い使用人は「畏まりました」と頷いてから執務室の扉を開き、三人を廊下へ誘導すると「お部屋はこちらになります」と三人の前を歩き、今居る屋敷から外に出て屋根のある廊下を進み、別の建物へと入っていく。

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