第5話

「それでは先程同様挙手制で行いたいと思います、どなたからゆかれますか?」

 男性が言うと同時に全員がレオパードを見た。恐らくレオパードと戦いたいか、戦いたくないかのどちらかなのだろうとレオパードは思った。ここは手を挙げねば他の誰も手を挙げないだろうと思い、めんどくさそうにその手を挙げた。そうすると何人かの男が手を上げ、あろうことかレオパード以外とで組まされてしまった。

 それに悔し気な表情でレオパードを睨みつけながら闘技場の中央へと向かって行った。

 そうして勝者同士の戦いが始まった。

 両者共に剣の使い手らしく、剣を構えると一呼吸置いてから打ち合いが始まった。お互い真剣そのもの、相手を戦闘不能にすることしか考えていないという力いっぱい振りかぶった一撃を加え合っている。ガキンガキンと金属のぶつかり合う音が響く。

 ふとレオパードが観客席を見てみれば、酒を飲み、葉巻を燻らせる豪奢な衣装の者達が少々飽きてきた様子で二人の事を見下ろしていた。レオパードが視線を闘技場の二人に戻した瞬間、決着はついた。片方の男が相手の剣を弾き飛ばしたからだ。そうして喉元に剣を突き付けられ勝負が決した。剣を飛ばされた男は両手を上げて負けを認めると、勝った男は剣を下ろせば、

「それでは勝者は先程の部屋でお待ち下さい。敗者はお帰り頂きますようお願い申し上げます」

 そう燕尾服の年配の男性が言うと、負けた男はそそくさとその場を後にして荷物を持って外へ続く扉へと出て行った。勝った男は先程の部屋へと入って行った。

「それでは、次へと参りましょう」

 そう言われた途端に全員の目がレオパードに向く。今回も仕方なしに手を挙げれば、他の数名も挙手した。そうして先程の戦いで一番最初に戦った大剣使いの男とレオパードが組まされた。闘技場の中央へ向かってトランクを持って歩いて行くと、程よく距離を開けてレオパードはトランクを地面に置くと軽く伸びをした。

 観客席からは「アハルマンドだ!」「次はどんなのを見せてくれるんだ」と飽きかけていた観客からそんな声が聞こえてきた。

「アハルマンドとやり合えるなんて、俺は運が良いよ」

「俺は全然嬉しないねんけどな」

 大剣の男がそう言うと、剣を構え駆け足で向かって来た。レオパードは粒子を固め槍を形成すると柄でその大剣を受けた。大剣の重さからズリズリとレオパードが後ろへと押されていく。槍の柄を片方手前に引き相手の剣を滑らせ受け流すと、そのまま勢いで地面に剣を突き刺す男に、その背後に回ったレオパードは槍を構え相手の次の行動を待つ。

 すると横殴りの一線を身を屈ませて避けると、粒子で縦に上へ向かって壁をいくつか作り出すとジャンプし壁蹴りの要領で高く上っていく。高さ三メートル程の処へ来るとそのまま構えた槍を相手に向けて落下する勢いのまま地面に突き刺さった。相手の男は呆然と見ていたが寸でのところで避けてしまい、思いもよらぬ行動に驚きを隠せないでいた。

 地面に突き刺さった槍は粒子になり掻き消え、槍で穿った後だけが残った。レオパードは新しく槍を形成し直すと、遠心力をつけて相手に槍を振るう。大剣の男はそれを剣で受け、弾くと、

「面白い戦い方をするな、アハルマンドは皆そうなのか?」

「そんなん知らんわ」

 そう言って大剣使いの男は、剣を構えて先程と同じ様に迫って来た。

 レオパードは前回の戦いの様に自分の背後に縦に粒子の壁を作ると、高くジャンプし背後の壁を蹴って弾丸の如く相手に向かっていく。それに大剣を振るってレオパードごと弾き飛ばすと、レオパードはまた同じように背後に壁を作り、壁を蹴り相手に向かっていく。今度は槍を横凪にするように振るって。そうしてそれも弾き飛ばされると相手の背後に位置を取った。槍を投げ捨て、足を高く上げてジャンプし、手を置く壁を作るとそこに手を突いて相手の後頭部を思い切り蹴り上げた。

 それによろよろとよろける大剣の男に新しく槍を形成すると喉元に突き付けた。

「ははっ、勝負ありか」

「負けたって認めてくれると助かるんやけど」

「ああ、俺の負けだよ、アハルマンド」

 そうして男は剣を捨て両手を上げた。レオパードも喉元から槍を離すと、槍を粒子に戻しかき消した。

「いい経験が出来たよ、ありがとう」

「そんな感謝されるような事してへんけどな」

 そうして握手を求められたので一応返すと、男は嬉しそうにしながら大剣を拾うと闘技場の外へと出て行った。レオパードはトランクを持つと先程の勝者の部屋へと入って行った。

 レオパードは先程と同じ席に座り、給仕をしている使用人に先程と同じ様に暖かい茶を頼んだ。案の定すぐに持ってこられた。暖炉がパチパチと燃える音が聞こえる。

 少し距離を開けて座っている、レオパードの前の試合で勝った男はじっとレオパードを見つめている。それを関わり合いたくないとばかりに無視していると、

「なぁ、おい」

 と話しかけられた。

「………なんや?」

「次は俺と戦え」

「俺が決めとるんとちゃうやん」

「だが、俺はお前と戦いたい」

「はいはい、好きにしー」

 そう言いながら茶を啜るレオパードに、煮え切らない様な顔をする男。

 そうしていると新しい勝者が部屋へ入って来た。そしてレオパードを見つけると、

「アハルマンド、さっきの凄かったな!いったいどうやってるんだ?」

「………教えて何になんねん」

「どんな戦いだった、教えてくれ」

 先程レオパードを見つめていた男が新しく部屋に入って来た男にそう尋ねた。それに部屋に入って来たばかりの男は得意満面で説明を始めた。レオパードは相変わらず茶を啜っているだけで何もしようとはしなかった。

 そうして男からどんな戦いだったのかを聞いている男は、何度もチラチラとレオパードを見た。レオパードは反応せず、ぼんやりとしている。

 そうしているとまた新しい勝者が部屋へと入って来た。男二人が『アハルマンドの戦い』について話しているのを聞いてそれに混ざった。

 そんな風に入って来る勝者たちが『アハルマンド』の話題に夢中になっていると、最後の十二人目が入って来た。

「俺で最後だ、なんだ?何集まって話してるんだ?」

「お前も見ただろ、アハルマンドの戦いについてだよ」

「あれか!普通考えられないよな、あんなやり方」

 と言いながら最後の男もその話の中に入って行った。

「えー、皆さま宜しいでしょうか?」

 先程の燕尾服を着た年配の男性がそう声を掛ける、男達は一斉に黙った。

「次の戦いに移りたいと思いますのでご用意いただきたいのですが」

「そ、そうか、申し訳ない」

 男性がそう言うと、集まっていた男達はそれぞれ荷物を持ち、扉を出て闘技場へと向かった。レオパードはトランクを持ち一番最後に部屋を出た。

 ひんやりとした空気が漂う闘技場でまた戦わなければならない。

 そう思うとレオパードは面倒臭いなぁと思いながら、ため息を吐く。

「それでは先程同様挙手制で行いたいと思います、どなたからゆかれますか?」

 そう男性が言うや否や、傭兵達の目線はレオパードに集まった。前回同様、仕方がないとばかりに手を挙げると、数人の男が挙手した。その中で選ばれたのはレオパードと細身の剣士の男だった。

 再びアハルマンドの戦いが見られると観客席は賑やかになった。そして他の傭兵達も鋭い目でレオパードを見る。

 レオパードはトランクを持って闘技場の真ん中へ行くと、相手と程よく距離を取ってトランクを地面に置いた軽く伸びをすると、相手の男は剣を抜き構えると、剣を振り上げながら迫って来た。それにレオパードは武器も用意せず、勢いよく助走をつけてからから思い切り相手にドロップキックを浴びせかけた。相手の腹に命中したそれの所為で男が地面に尻をつくと、レオパードは男の剣を奪い取り遠くへ放り投げた。すると漸く槍を形成させて男の喉元に槍を突き付けた。

 その戦い方がつまらなかったのだろう、観客席からはブーイングの嵐が聞こえてきた。

 他の傭兵達もアハルマンド独特の戦い方が見れなくて残念といった様子だった。別に見せる為に戦っている訳では無いので、そんな事を言われてもレオパードは応える気にはなれない。

 相手の男はなにも言わず剣を拾うと、そそくさと外へ出ていった。レオパードはトランクを手に持つと勝者の入る部屋へと入って行った。先程と同じ席に座り、同じ様に茶を頼んだ。それを啜りながらのんびりと戦いが終わるのを待つ。次で六人になり、もう一度戦えばそれで三名となり戦いは終わる。面倒だが契約を結ぶ為だと自分に言い聞かせて、レオパードは好奇の目で見られるのを心底面倒臭いと思いながらまた茶を啜る。

 そうしていると次の勝者が部屋に入って来た。レオパードを見ると残念そうな顔をしながら、

「アハルマンドでしか出来ない戦いが見たかった」

「そんなん言われてもな、やりたない時はやりたないねん」

「次は見せてくれよ」

「やらへんわ」

 そうレオパードが言うと、残念そうに肩をすくめてテーブル席へと向かって行った。

 それから続々と勝者達が部屋へと入って来る。皆一様にレオパードに一言「アハルマンド独特の戦いを見せてくれ」等と言ってから各々席に着くのだった。レオパードは何を言われても動じず、のんびりと茶を啜っている。

 そうして最後の一人、六人目が部屋へと入ってくると、燕尾服を着た年配の男性も現れ朗々とした声で、

「皆様、次が最後の戦いになります。次の戦いでの勝者三名と契約致しますので、皆様悔いの無い様に戦ってくださいませ」

 その言葉を聞いて、皆一斉に立ち上がると荷物を持って部屋を出て行く。

 レオパードは一番最後に部屋を出ると、他の五人は誰がレオパードの相手をするか話し合っている様だった。それに面倒臭そうにため息を吐くと、話し合いが終わるまで他の五人とは少し距離を取ってコートのポケットに手を突っ込んでぼんやりと待つ。

 どうやら話し合いが終わったらしく、皆レオパードの方を見た。

「終わったんか?」

「ああ、誰とやり合うか決めた」

「ほんならさっさとすすめよかー」

 燕尾服を着た年配の男性は、

「対戦相手がお決まりの様でしたら、どうぞ進めてくださいませ」

 すると男達二人が闘技場の真ん中へと向かって行った。二人の戦闘を見つめるレオパードと他三名。

 二人は位置に付くと、武器を構えた。片方は剣、もう片方は大斧。呼吸を整えると二人同時に足を踏み出した。男は横凪ぎに大斧を振るうと剣を持った男はそれを受け止める。が、かなり重い一撃だったのか、よろけてしまいそこを斧の男に蹴り飛ばされてしまう。けれども男は剣を離さず立ち上がって構え直すと大きく振りかぶって斧の男に一撃を食らわせた。斧の男は斧の柄でそれを受け止めると、払い飛ばす様に斧を振るった。

 払い飛ばされた瞬間、剣が弾き飛ばされ闘技場の床を滑っていく。そこで斧を突き付けられて、男は両手を上げるしかなかった。

 そうして勝った大斧の男は勝者の部屋へと向かって行き、負けた男は剣を拾って闘技場から出て行った。

 次は大剣を持った男と槍を持った男との戦いだった。互いに武器を構えて、次の瞬間には互いに向かって走り合っていた。槍の男は槍を棒術の様に操り相手の大剣を滑らせ何度も地面に剣を突き立てる。それに苛立ちを覚えたのか、大剣を横殴りに思い切り凪げば、槍が折れた。けれども槍の矛先を掴んで握りしめるとナイフの様に大剣の男にそれを突き立てようとした。

 しかし先程とは反対の方向からの横凪ぎの一撃を胴に受けて吹っ飛んだ。ガハッと声を上げる槍の男に近付いてその喉元に剣を突き付ければ、勝負は決まった。

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