第4話
宿を出ると、辺境伯であるコラドリス伯爵の屋敷へ向かう馬車を探す。
それは直ぐに見つかった。武器を持った屈強な男達が列をなしている馬車乗り場があったからだ。レオパードもそこに加わると、六人乗りの馬車が次々やって来る。それに乗っていく男達に混じって小柄なレオパードも馬車に乗り込んだ。
馬車の中は特に話す事も無いというより話す必要性が無いので静かで、馬車に揺られること一時間程だろうか、馬車の窓から外を見れば、馬車の行く道以外は雪に覆われ木々の中で野生の動物が歩いているのを見かけた。途中大きな門を潜ると、そうしている内に伯爵の屋敷に辿り着いた。馬車を下りると、そこには大きな屋敷が目の前にあった。
石を積み上げて作った豪奢な作りのそれは至る所まで芸術性の高い意匠が施され、素人目にも手がかかっているのが伺える。
中央の大きな屋敷の他に離れが幾つかあるらしくそれは屋根の付いた廊下で行き来出来る様になっているようだ。
その離れの内の一つに傭兵達は入る様にと指示された。大きな観音扉を潜ると、そこにあったのは闘技場だった。一段高い所に観客席が設けられていて、着飾った男女が何人か座っているのが見えた。
何をどうするのかレオパードは分かった気がした。
どうやら傭兵同士を戦わせ、それをこの地域の権力者達の見世物にするつもりらしい。
そうして勝った者を雇うという算段なのだろうと。
レオパードは少々不快な表情を見せながら闘技場の端の壁に身を寄りかからせる。トランクを地面に置き腕組みをしてじっと周りの様子を探る。
それから2時間程そうしていただろうか、傭兵の募集を締め切ったらしく、観客席から燕尾服を着た年配の男性が一人現れたかと思うと朗々と澄んだ声で、
「えー、本日はお集まり頂き誠にありがとうございます。皆様お気付きの通りここで皆様には戦い合って頂きます。挙手制で行いたいと思いますので我こそはという方おられますか?因みにご参加頂けなかった方は今回の契約は見送らせて頂きますのでご了承くださいませ。入って来た扉から出て行ってください。それと戦闘においてですが対戦相手の殺害は即失格となりますので、戦闘不能になった状態までにして頂きますようお願い申し上げます。それでは挙手願います」
男性がそう言うと、複数名の者が手を挙げた。レオパードは暫く様子を見るという事にして腕を組んだまま、他の傭兵達が戦うのを見る。
最初選ばれたのは屈強な男性二人だった。闘技場の真ん中へやって来ると、背負っていた大剣と斧を思い切り振りかざしガキィンと金属のぶつかり合う音が響く。何度も打ち合いをし合っていると斧を持った男が相手の足へ向かって斧を振りかざすと、相手はそれを大剣で防いだ。
それに観客は「おおー!」とどよめきの声を上げた。
そうして何度も打ち合いをしていると、斧を持った男がよろけた瞬間、大剣の男が蹴り飛ばし地面に倒れ込んだところで喉へ大剣を突き付けた。
「勝負あり、勝った方はこちらの扉へどうぞ。負けた方は先程の扉から外へ、馬車で街までお送りいたします。そして今回の契約は無しとさせていただきます。次の方、いらっしゃいますか?」
年配の男性がそう言うと、勝った大剣の男は隣の部屋へと続く扉へ入って行った。負けた斧の男は入って来た扉を潜り外へ出て行った。
そうしてまた違う二人組が選ばれ中央へ向かい、戦い、勝った方が隣の部屋へと向かう。負けた者は入って来た扉から出て行く。それを何度か繰り返した後、随分と減った人数を見ながら漸く手を上げるレオパード。選ばれると足元のトランクを持って闘技場の真ん中へと向かう。
相手は大きなハンマーを手にした男だった。レオパードは地面にトランクを置くと、大きく伸びをした。
「んだぁ?丸腰の餓鬼が傭兵なんざやってんじゃねーよ、俺がここで戦えない体にしてやるからよぉ」
「………せやなーがんばりーや」
「手前、ふざけてんじゃねーぞ!」
「ええから、かかってきぃ?」
「そうさえて貰うぜぇぇ!!」
そう叫びながら重いハンマーを振り上げてレオパードに向かって来る。レオパードはそれを高くジャンプして避けた。高く飛び上がりそのまま空中で立ち止まっている。
「な!?降りて来い!!」
「そんな喚くなや」
と言うとレオパードはくるりと回転しながら地面に降り、息を整えると手に光る粒子が集まり大きな槍、東の大陸の矛を思わせるそれを造り出した。
「おまっ!?粒結者か!?」
粒結者はこの世界において超常現象を引き起こす事の出来る能力者だ。
粒結者、アハルマンドとも呼ばれるそれは、この世界に溢れるカイネス粒子を自由自在に操る能力を持った者の事を差す。目に見えないそれを集め固め物質と化す能力だ。
といっても段階があり粒子を固定出来るだけの者も居れば、目に見える武器等の形に実体化出来る者も居る。大概の場合は視認の出来る物質化までの力を有する段階まで能力を持った者を差す事が多い。先程レオパードが飛び上がった時に空中に立っていたのは空中に粒子で足場を作ったからだ。
貴重な粒結者の戦いが見られるとあって観客席は「アハルマンドだ、初めて見た!」とどよめいた。
「さっさと終わらして、休ませて貰うわ」
そう言うや否や、軽くジャンプをするとカイネス粒子で自分の背後に縦に足場を作り、ジャンプしてそれを足場にして体をばねの様に縮ませると、足場を蹴り反動で槍を構えて真っ直ぐ弾丸の如くハンマーの男へ向かって突撃していく。それを寸での処で男は避けると、男の背中付近に着地したレオパードはくるりとその場で、ブーツで地面を擦りながら回転すると遠心力を使い槍の長い柄で男の頭を思い切り横殴りにした。ガンという音と共に男は脳震盪を起こしたのか、その場で倒れてしまった。男の持っていたハンマーがドンと大きな音を立てて地面に落ちた。
レオパードは槍を粒子に戻すと、手ぶらで先程まで自分が立っていた場所へ向い、トランクを手に取った。そして勝者が入れる部屋へと向かい案内された。
ハンマーの男は屋敷の者だろう燕尾服を着た者達に引きずられて外に連れて行かれてゆくところだった。
勝者の部屋へ入ると昼前の柔らかな太陽を降り注ぐ大きな窓と、大きな暖炉がある部屋で、広く豪華なソファやテーブルでくつろぐ者達の姿があった。
レオパードも空いている柔らかなソファに身を沈めると、屋敷の使用人らしき者がやって来て「何かお飲みになりますか?」と尋ねてきた。「暖かい茶を」とその使用人に告げればすぐに用意され「こちらリーゼ茶になります」と持って来られた。何人かは酒を飲んでいるらしかったが、これで終わりではない様な気がしてレオパードは、トランクを脇に抱えのんびりとはしつつも警戒は怠らなかった。
そうして柔らかなソファに座りながら茶を飲みつつ、他の者達の様子を見ていた。そうしているとまた勝者が入って来た。そうしてレオパードを見つけると、
「お前アハルマンドなんだろ!何か技とか見せてくれよ!」
等と言い出した。レオパードは面倒くさそうな顔をして「嫌や」と言うが向こうは聞いちゃいない。そしてその言葉に反応した他の勝者達が一斉にレオパードを見る。
「アハルマンド……粒結者か?」
「あのチビがか?」
「なぁ!頼むからさぁ!」
そう言われたところで困るのはレオパードだ。一度で済む筈がないからだ。今まで色んな人間を相手にしてきたが一度足りとて少しで済んだ覚えが無いからだ。だから出来る限りアハルマンドである事は言わない様にしているし戦いの場面でない限りは無意味に使ったりしない様にしていた。今回は戦闘の為に使わざるを得なかったのだが、やはりこういう輩はどこにでもいるのだなと思う。
「いいだろ、少しくらい!」
「……嫌や」
そうやって素っ気無い態度を取っていると相手も諦めたのか、やって来た使用人に何かを言っている様だった。
そうして次の勝者もその次の勝者も入って来るなりレオパードを見ては「アハルマンド!何か見せてくれ!」と言ってくる始末。こうなるなら使わなければよかったと思うも時は既に遅い。諦めの境地に入ったその時、入って来た勝者は、
「俺で最後だ、後は皆帰った」
と言いながら開いているソファに腰掛けた。
勝者は全部で二十四人。
先程の燕尾服を着た年配の男性がこの部屋に入って来ると、先程と同じ朗々とした声で、
「皆様方にはもう数度戦って頂きます。最終的に三名になるまで戦って、勝ち残った三名様と契約なさると旦那様は仰っておいでです。これ以上の戦闘がお嫌でしたらお帰り下さって構いません」
その言葉に酒の入った面々は、
「そんな話聞いて無いぞ!」
「ここに居る全員を雇うんじゃなかったのか!」
等とその男性に掴みかからん勢いで捲し立てる。けれども男性はそれに一切動揺することなく、
「旦那様にはここに居る方々から話す様にと仰せつかっておりますので」
その一切乱れぬ素振りに酒の入った連中は気圧されていた。
レオパードは予想通り何かがあったと思いながらのんびり茶を飲む。それにしてもあれだけ集めて三人しか雇わないとは何か理由があるのだろうという事が伺い知れた。
「では早速、次の戦いを行いたいと思いますので、お荷物をお持ちになって先程の場所へ出て頂けますでしょうか」
そう男性が言うと、渋々といった様子で荷物を持って部屋を後にする面々。レオパードも茶の入っていたカップをテーブルに置くとトランクを手に部屋の外に出る。
ひんやりとした空気の闘技場に戻った。
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