第3話

 目を覚ましたのは、鳥の大きな鳴き声からだった。グワグワという独特の鳴き声を上げて、レオパードの居る屋根裏の屋根に巣でも作っているのだろうか?そう思う程に五月蠅く、ビックリして飛び起きてしまった。宿屋の主人が言ってた「ちょっと大変だけど」はきっとこれに違いないと思いながらベッドから降り窓を見れば丁度日の出が見えた。朝の寒さの中防寒着を着ると、その上から更にブカブカのコートを羽織って、部屋を後にした。

 宿を出ると、隣の店へと向かった。が、まだ開いておらず暫く朝の静かな、けれど鳥の賑やかな鳴き声を遠ざける様に、静寂に満ちた街を歩く。昨日は着いて早々人探しに専念してしまった為、碌に街を見て回れなかった。なので店の前から大通りの石畳の道をコツコツとブーツを鳴らせて歩いていく。昨夜降ったのか雪が疎らに積もっていた。暫く進むと大きな公園があった。名前の知らない広葉樹が植えられ所々にベンチがあり、朝の爽やかな光を浴びて木々はキラキラと輝いて見えた。その中に入って行くと、朝から健康の為に走る人やレオパード同様早朝の散歩をしている人がちらほらと見えた。

 レオパードは公園のベンチに腰掛けてぼんやりと朝焼けの空を見る。

 朝の白と黄色みを帯びた空に、冷たい風が頬に突き刺さる様に吹いて来る。それにぶるると震えながらベンチから立ち上がると、散歩を再開した。

 すると次は朝市の広場へ出た。静寂の中から突然現れた活気にレオパードは驚きつつ、まだ準備中らしくせわしなく品物の用意をしているところを眺めながら行こうかとした時だ、

「ちょっと、あんた~」

 と声を掛けられた。誰かと思えば昨日夕食を取った飲食店の女性だった。

「あーおはようさん」

「おはよう、いい朝ね」

 そう嬉しそうに言う女性にレオパードは少々うんざりとした表情を浮かべて、

「鳥が五月蠅すぎて起きてもーたわ」

「あら、そんなに五月蠅いかしら」

「ここの地方にしかおらへんのやろうな、五月蠅いんはごめんやで、ホンマ」

「まぁ、そのうち慣れるわよ」

 そう他人事のように言う女性。実際他人事なのでこの際これ以上の話はやめておこうとレオパードは思った。

「で、朝早くから何してるん?」

「食材の仕入れよ、今日必要な分を運んで貰うように頼んでるのよ、それのチェック」

「へー朝から大変やな」

「そうよ、これから仕込み作業があるのよね。そうだ、あんたも市場見ていきなさいよ、ここでしか売ってない物とかあるかもしれないわよ」

「そうやな、そうさせてもらおかー」

「それじゃ、お店で待ってるから朝ごはんも食べに来てね」

「おう、行かせて貰うわ」

 そうして女性と別れると、広場の中に所狭しと並べられている屋台を見て回った。確かにこの地方でしか見ない野菜や加工食品が色々とある。レオパードはそれを見ながら今後役に立つ物はないかと広場の中をぐるぐると回った。

 そうしている時だった、向こうから新聞を片手には話をしている男性二人組の会話が耳に入って来た。

「また西のサイレーヌでテロ騒ぎだそうだ」

「その集団『革命軍』って名乗ってるそうじゃないか」

「革命も何もやってる事はテロなんだからテロリスト集団じゃないか」

「ホント、騒ぐのもいいがこっちには来ないでくれよって話だよな」

 それを聞いてレオパードは新聞屋へ向かい、今日の朝刊を一部購入した。

 一応傭兵である身としては常に最新の情報を手に入れておきたいからだ。

 新聞をめくれば西のサイレーヌ地方で自称『革命軍』がテロ行為を行ったという記事が大きく載っていた。

 革命軍は五年ほど前から活動を始めたテロリスト集団で、各地で小規模の騒ぎを起こしては『現王政に裁きを!』と声高々に表明をしているが、やっている事はテロでしかなく、自爆テロを始め、王立騎士団に爆弾を送りつけたり、現国王に脅迫状めいた手紙を送りつけたりしていると、新聞からレオパードが得た情報はその程度だ。もし傭兵として雇われている時に『革命軍』と対峙する羽目になった時は、どうすべきかと考えては、答えの出ないままでいる。

 勿論依頼主を守る為なら戦うが、それ以上の事はしたくないというのが正直な気持ちだ。相手をするだけ時間の無駄だとレオパードは思っているからだ。

 一通り新聞を読み終えると先程より少し陽が昇り、太陽が暖かさを持って降り注いでくる。新聞を持って市場を後にすると、宿まで戻って来て、宿の隣の店が開店しているのを確認すると中へと入る。

「いらっしゃい」

「どーもー」

 レオパードは手を上げて軽く挨拶をすると、カウンターの席に腰掛けた。女性ががカップを持って近づいて来ると、

「朝のオススメってあるん?」

「ボリュームたっぷりのカンナギ鳥のチキンサンドね!」

 昨日同様暖かいリーゼ茶をカウンターに置くと、嬉しそうにそう話す。

「じゃーそれ頼むわ」

「はーい」

 そう言って厨房へ向かう女性を見つめながら、出された暖かいリーゼ茶を飲みつつ注文した料理が来るまで待つレオパード。手持ち無沙汰なのか、持っていた新聞をもう一度読み返し始めた。

 革命軍の事は気になるが、今はやるべき事があるのでそれを優先させる。

 やるべき事、それは伯爵が募集しているという傭兵として雇って貰う事だ。衣食住の全てを保証してくれるのだ、その上報酬も良いと聞く。競争率は激しそうだが、何としてでも勝ち取り、次までの間に金銭を貯めておけるだけ貯めておきたいのだ。

 そうしているとチキンサンドが運ばれてきた。大きなチキンのグリル焼きとたっぷりの野菜と共にこんがり焼いたパンで挟んであるボリューム満点の一皿だった。レオパードはそれに食らいつく様に頬張れば、ジューシーなチキンの風味とシャキシャキの野菜とが良い感じにマッチしてとても満たされる気持ちになるのだった。夢中で噛り付いていると、あっという間に食べ終えてしまう。

「旨いなぁーこれ」

「でしょ?朝はこれが一番人気なのよ」

 女性はレオパードの元にやって来ては嬉しそうに話す。

「そうや、これ食べたら伯爵様んとこ行くんやった。色々ご馳走になったわ、ありがとうな」

「あら?もう行くの?」

「第八の月の一日目の今日が募集日やって聞いたからな」

「あら?もう第八の月になったのね、早いわ~」

 そう言う女性に、口周りを拭きながらレオパードは、

「隣の宿の人にも言うといて、ありがとうなって」

「直接言えば良いじゃない」

「忙しそうやったから、今日出て行く奴ら多そうやからな」

 仕方がないとばかりにため息を吐く女性に、

「で、おいくらや?」

 と尋ねるレオパード。

「五百ルーレルよ、割引価格でね」

「やっすいなー、これでやってけるんか心配やねんけど」

「いいのよ、あたしのやりたいようにやってるんだから」

 言われた金額を女性に渡すと席を立った。

 店を出て隣の宿へ戻ると、受け付けは出て行く客でごった返していた。それを避け三階へ上り、隅の屋根裏部屋の様な部屋へと戻った。荷物を片して、さして散らかっていない部屋を見渡し忘れ物が無いか確認すると、トランクを手に持ち一階へと降りた。順番を待ち、受け付けで追加の料金を支払うと、店主が忙しそうに「ありがとうございましたー」と奥へと引っ込みながらそう声を掛けてきた。

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