待合室と祖父の夢

瑠璃

待合室と祖父の夢

「子供や孫に弱った姿を見せたくない。介護をされたくない。早く死にたい」

待合室で老人がそう呟いた。


その待合室には、

一人の老婦人、綺麗な身なりの老旦那、寝床からそのまま出てきたような格好の老人の男性、私、私の父方の祖父が座っていた。


その声にその場にいたみんなが老人を見た。

すると、私の隣で祖父が立ち上がり、その老人の前に跪いて、手を握った。

「そんなこと言うものじゃあないよ。そりゃあ多少は恥ずかしくても、娘さんはあなたに育ててもらった感謝を持ちながらお世話をしているよ。その感謝をありのままに受け入れて死ぬからこそ立派なんじゃないか」

老人は「そうかねぇ」と呟いた。

祖父は彼のズボンの裾をめぐり、タイツや靴下を整えた。

「ほら、こういうものを一つ一つ娘さんに着せていただいていると言う感謝を持たなければね」

隣にいた老婦人も頷いて微笑んだ。

老人は「そうだな・・・」呟いた。


と、驚いたような顔になり、

「あ、でももう痛みが・・・」と独り言のように呟いた。

すると老人の体が透け、空に消えていった。

私と祖父が驚いていると、隣の老婦人も「あ、本当だわ、痛みがもう・・」と言い残し消えていった。消えて行く時、彼女は私に微笑んだ。

ニコニコと私たちのやりとりを見ていた老旦那もいつの間にか消えた。

驚いて状況が飲み込めない私の横で祖父が

「あぁ、なんだ、残るのは私だけなのか・・・」と呟いた。

そして、元いたベンチへトボトボと戻り脱力した。祖父は急に老け込んだように見えた。


その瞬間、私は、ここはあの世行きの待合室だったのだ。と気がついた。

わかっていてここに祖父を連れてきたはずなのに、実際に人が旅立つところを間近で見てやっと理解した私に驚いた。

ということは、私の祖父ももう長くはないなのだろう。

その事実が私の中にストンと落ち、私は呆然とそこに立ち尽くした。


気がつくと、六十代ほどの老婦人が、私のところへやってきて、温かい言葉をかけてくれた。なんと言っていたのかわからなかったが、その言葉の温度は理解できた。それはとてもとても暖かかった。

その言葉を聞いているうち私の目からは大粒の涙が流れ、気がついたら顔がビショビショに濡れていた。

あぁ、祖父は死ぬのだ。私はそれを実感として理解した。

ベンチに座る祖父に背を向けていた私は、どうしても振り返ることができなかった。振り返ったら祖父が消えてしまっているような気がした。

その間、老婦人の微笑みが私を優しく見守っていていた。彼女を見つめながら、恐怖と緊張と安堵が私の奥深いところで混ざり合い溶け出した。

私は彼女の温かな言葉の中で涙を流し続けた。


2018.12.22

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待合室と祖父の夢 瑠璃 @lapislazuli22

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