ep13.穏やかな時間
「いずれ、お前たちの上司……いや、上位魔族に話をつけないとな」
俺は剣を納めながら、早く行けよ、と目線で合図をした。
「……もう戻れねえよォォ……もう戻っても殺されるだけなんだよォォ……」
「ルルとヴィオを傷つけただろ。お前も死の恐怖が理解できたか?」
上に言われてやったことだろうが、許せることをしたとは思わない。
命まで取ろうとは言わないが、俺から命を与えてやろうとも思えなかった。シナリオにない出来事とはいえ、これはこいつ自身の過ちだ。
「……それなら、逃げればいいだろ」
俺が会社で働いていた時に聞いたような台詞だな、なんてことを考える。
寝る暇もなく売上も上がらない、おまけに上司もクソで労働もブラック。そんな会社からは逃げればいい。
だが俺は逃げられなかった。
「逃げても無駄なんだよォ……頼む……お願いだ……不安なら、俺の魔力を封じてくれ……それでも構わなィ……妖精と魔族にも謝るからよォォォ」
相当なクソ上司の元で使われてたんだな……。
許せはしないが同情はする。
俺は少し考えた後、条件付きで少し手を差し伸べてやることにした。
「わかった。じゃあ、魔力は封じさせてもらう。あと、魔族側の情報が欲しい。あとはまあ、謝罪は必須だな」
「神様ァァァ〜〜!何でもするからよ……」
俺は小さくため息をつくと、「ほら、じゃあ行くぞ」と促した。
もう夜が明けてだいぶ日も昇ってしまったし、魔力の封印は初心者ユーザーの俺には無理だしな。
驚くだろうが、連れて行ってミリアあたりにデバフでもかけてもらうか。
森の入り口付近でミリアとヴィオと再会した時、ミリアはそれはそれは驚いていた。
「ちょ、ちょっと、脅かさないでよ!なに、なんで連れてんの?しかもなんでその魔族、アンタに素直に従ってんのよ?
ってかあんた何者……?」
「ああ、色々あって。とりあえずこいつの魔力を封じてデバフでもかけてくれないか。一応な」
「いっ、いいけど……」
まだ言いたいことはあるんだけど?といった顔をしながら、ミリアは魔力を封印する魔法とデバフをエルダにかける。
「…….はい、これでまあまあ弱体化されたんじゃないかしら。あたし魔法はそこまでだから、大幅なデバフはかけられないけど。あとまあ、結構ユウリが痛めつけたでしょ。ついでにちょっとだけヒールもかけといたわ」
「ありがとう。ああこれ、助かったよ」
ユウリは借りていたSSR武器の剣をミリアに差し出した。
「あんたにしばらく貸してあげる……って、言いたかったんだけど、あんたこれがなくても何とかしちゃいそうだわ」
「ああ、まあ……必要になったら貸してくれ」
ミリアの後ろに隠れていたヴィオも、最初こそ警戒していたが弱体化したエルダを見て後ろから顔を出した。
「ユウリ、つよい」
「ヴィオ、無事でよかったよ。ま、ミリアから借りた剣のおかげだよ」
エルダからはすっかり妖気も威勢も消え失せていた。
「本当に……すまないことをした……」
ミリアとヴィオは顔を見合わせて、何があったのかまだあまり飲み込めていない雰囲気だった。
◆◇◆◇◆
冒険者ギルド前に着いた時には、既に太陽は真上に昇っていた。
ミリアとヴィオは良いとして、いきなりエルダを入れるのはルルもリリも驚くだろうし、しばらく離れた場所に待機してもらうことにした。
「ユウリさん!!!どこに行っていたんですか……!私、心配したんです」
冒険者ギルドに入ろうとした時、中からルルが飛び出してきた。
「もう会えないかとっ……ユウリさん、お怪我は……?無事ですか……?本当によかった……」
ルルは目に少し涙を浮かべて抱きついてきた。
「ごめん、ルル。朝までに戻る予定だったのが、心配させちゃったな」
「すごく心配したんです、起きたらユウリさんがいなくて、魔族の森に向かったって聞いて……このまま帰ってこなかったらどうしようかと……!」
「ルルを置いていなくならないよ」
ルルはひとしきり俺の身体に傷がないかチェックすると、ようやく落ち着いたようだった。
「よかったです……本当に……。あっ、ミリアさんとご一緒だったんですか?どこでお知り合いになったんです……?」
心なしかルルの俺を抱きしめる力が強まった気がした。
「ハ〜イ!ルルちゃん!久しぶりね」
「知り合いなのか?」
「そりゃそうよ。あたし、けっこー課金して武器召喚してもらってるから」
そういえばそうか。ミリアは重課金ユーザーだったな。
「こっちは、ヴィオ」
ヴィオはずっと隠れるようにして顔を覗かせていたが、おずおずと一礼をした。
「ヴィオちゃんですね!私はルルです、よろしくお願いします」
ルルはヴィオに目線を合わせて微笑んだ。
「ルルちゃん、ユウリお兄ちゃん、ミリア」
ヴィオは指を差しながら名前を呼んだ。
「だから、なんであたしだけ呼び捨てなのよ……」
あはは、とルルが笑う。呆れ顔のミリアもつられて笑っていた。ヴィオもその光景を見て、笑った。
俺は、とても暖かな気持ちだった。
運営でいた頃は、この世界のことなんて本当の意味では何も考えていなかった。
すべてが設定だった。
でも、今はそうじゃない。
この世界を終わらせたくはない。
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