ep10.言霊の秘薬
周囲には薬草が取れる場所が多々ある。
何者かに襲われて拐われたとしたらわからないが、逃げたとすれば魔族の子の知見の及ぶ範囲だろう。
そうなると、この子がよく行くであろう薬草の多い場所か?
もしいなくとも、痕跡を探しておくに越したことはない。
「ミリア、奥へ行く」
「あっ、えっ?あんた、あてがあるの?」
「ああ、まあ、少し。何がいるかわからないから、俺のこの武器だけじゃ……不十分だしな」
「あたしはあんたの武器じゃないっての」
少しむくれるミリアとともに周囲を捜索する。
血痕などはないが、ところどころの植物が荒れており、誰かが入った痕跡がある。
「ねえ、この辺随分荒れてるわね。ここって穏やかな森じゃなかった?」
「ああ。ここでは魔族も妖精族もいがみ合ってはいない。そこに何者かが来たとしたら……」
森の奥へと分け入っていく。
最深部付近で、小さな薬草の入った袋が落ちているのを見つけた。
袋には、紫のリボンがついている。
「これって、魔族の子の持ち物じゃない?」
間違いない。魔族の子がいつも特効薬を入れておくために持ち歩いているものだ。中は空っぽで、すべて逃げる最中に落ちてしまったようだ。
慌てて最深部エリアを探す。——と、そこには、花々の中に倒れている魔族の子の姿があった。
「大丈夫か!!」
駆け寄るが、魔族の子は弱々しく息をして、返事もままならないようだった。
外傷は逃げた時に草の葉で切ってしまった擦り傷のみだが、発作が出たのだろう。
紫色のショートカットのヘアは、ところどころ切られたような跡があり、ぐしゃぐしゃに乱れていた。
「ちょっとあたし、白魔法は得意じゃないんだけど……ヒールくらいなら何とかなるわ」
ミリアは素早く詠唱すると、治癒魔法を魔族の子にかける。
あたりに眩い白い光が瞬き、魔族の子の小さな擦り傷はみるみるうちに消えていった。
しかし、発作は治まらず、まだ細く息をするだけで目も閉じたままだった。
「……この、薬を」
俺がミリアに作ってくれと頼んだ言霊の秘薬。
次に実装されるシナリオでは、この薬で彼女の病気を治すことが出来る。
そのシナリオの実装前に、これを彼女に与えることによって、どう運命が変わるかわからない。
しかし、今はそんな事を考えている場合でもない。
「これを、飲めるか?少しでも……そうすれば楽になると思うから」
「う、……ん」
少しだけ口に秘薬を入れてやると、魔族の子はそれをゆっくりと飲んだ。
「……あ……」
魔族の子は、うっすらと目を開け、何か言いたげにしていた。
「良かった、大丈夫か……?辛ければ、喋らなくていい……もう少し、落ち着いたらで」
「……あ、れ」
魔族の子はきょろきょろと少し何かを探すそぶりを見せた。
「これか?」
特効薬の入っていた袋を手に握らせる。
「そう、です。大切なもので……ありがとう……」
魔族の子の発作は徐々に治まり、顔色もみるみる良くなっていった。
数分が経過すると、もう起き上がれるまでに回復した。
ミリアも安堵したように、少し表情を和らげる。
「もう発作は大丈夫?本当に無事で良かったわ」
「……ありがとう。もう大丈夫。なんか、すごく身体が軽い……。すごいお薬だね。今までで、一番身体が軽く感じる」
魔族の子は驚きながらも、確認するように手足を動かしてみせた。
「死ぬのかと、思った……。特効薬もなくて、だれもここ、来ないから……。あの……ありがとう」
「無事で良かったよ。ここは危ない。少し回復したら俺たちが運ぶから」
「うん……。でも、家?家怖い。怖い」
「何があったんだ?」
「薬草、作ってたら、突然家に魔族が入ってきた。それで襲われて……。夢中で逃げていたら、発作が起きて……」
「怖かったね、よく無事でいてくれたわ」
ミリアは魔族の子の頭を撫でた。
まだ幼い顔が綻ぶ。
「うん。お兄さんたちのおかげ。この薬、すごい」
「本当ね……。何でこれが効くって知ってたのよ」
ミリアが重課金者の私でも知らないのに、といった顔でこちらを見てきた。
「まあ、今はそれより」
俺は落ち着いたか?と魔族の子の顔を覗き込んだ。
魔族の子は笑顔で頷く。もうかなり回復したようだった。
おそらく数日も休めば、完治するだろう。
「ねえ、あなた、お名前は?」
ミリアが魔族の子に問う。
「……名前?……ない」
そうだ。この子には設定上名前は付けていなかった。
「あら、そうなの?ねえ、お名前つけてあげようか」
「ほんと?うれしいな。僕は誰からも呼ばれることがなかったから……」
この子は僕っ子だが女の子だ。
どんな名前がいいだろうか?髪の毛が綺麗な紫だから……それにちなんだ名前がいいのか?
そんな事を話しながら、俺は魔族の子を抱き抱える。
ひとまずは、回復するまで見守りたい。そう思い、冒険者ギルドに連れて行くことにした。
気づけば、空が少し明るくなり始めていた。
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