ep8.魔族の森へ

 ルルが眠りについた頃、俺はそっと窓を開け、外を見た。

大きな月に照らされた街。

 昼間の喧騒など嘘のように静まり返っている。


「おやすみ」


 ルルを起こさないくらいの小さな声で呟くと、俺は冒険者ギルドから抜け出し、辺りの偵察に出掛けることにした。

 俺が対応することで、どれだけイレギュラーを起こせるのか。

 それが知りたい。


 装備はデフォルト服に、N武器のみ。

ルビーは……0ルビー。

 あまり遠くには行けそうにないな。

 魔族に見つかっても、戦闘は厳しいだろう。


 どうしたものか。

 そう思いながら冒険者ギルドを出たところで、ふいに肩を叩かれた。

 驚いて振り向くと、冒険者と思しき女性が立っていた。


「ねえ、新規の冒険者さん?アムルガルに来るの、初めて?」


「ああ。そうだ。今日来たばかりで」


 女性は活発な風貌で、武器は限定SSRの剣を持ち、アバターも高難易度ボスのドロップアイテムを身につけていた。

 耳の下辺りで切り揃えられたボブヘアは、課金限定の宝石の髪飾りで飾られていた。

 一目で重課金ユーザーとわかる。


「ふふんー?あたし、この後魔族の森に行く予定なんだけど〜、ちょっと手伝ってよ」


 これだけのユーザーなら、一人で易々と行けるだろう?と言いかけたが、ちょうど都合が良い。

 魔族の森でのイベントで、どれだけイレギュラーが起こせるのか試せたならありがたい。

 まあ何か意図はあるのだろうが、乗ってやるつもりで問題ないだろう。


「ああ、俺も少し散策がしたくて。ぜひとも」


「よっし、成立ね!あたしはミリア」


「俺はユウリ。よろしく」


「ふーん。デフォルトネーム派?」


「まあね」


 ルルは冒険者ギルドから出ない限りは安全だ。

 朝までに戻れば問題はないが、あまり時間はない。


「さっ、行くんだろ?」


 魔族の森マップへさっさと歩みを進める俺に、ミリアは少し驚きの表情を浮かべ、「よく予習してるじゃない?」と言った。


 魔族の森は、妖精族領土にありながら、魔族たちの住処になっており、冒険者以外はあまり近づかない。

 とはいっても、ここに住む魔族たちは妖精族にあまり忌避感はなく、争いも起きにくい比較的安全な場所だ。


 ここには確か、身体の弱い魔族が住んでがいるんだよな。

 そこで話を聞いた後に、薬を作って持っていってやるイベントが起こる。

 本来は完治させることはできないイベントなんだが……俺は完治させるための薬を知っている。

 完治イベントはまだ実装されておらず、三日後(もう真夜中だからあと二日後か?)のアプデで完治させるイベントが更新されるのだ。


 そこで、俺はイベント実装前に先に完治させる薬を持っていき、本来起こせないはずの運命を、先に覆してみようと試みることにした。


「なあ、ちょっと作ってもらいたい薬があるんだが……」


 森に向かいながら、俺はミリアに薬の材料を分けて欲しいと頼んだ。


「えっ?言霊の秘薬?いいけど、何に使うのよ?てか、なんで今日来たばかりのあんたがそんな薬知ってんの?」


 不思議そうな顔をしながらも、ミリアは薬をさっと生成し、渡してくれた。


「これが役に立つはずなんだ」


「ふーん?なんか、不思議な子」


 魔族の森へは、もうあと少し。

 月明かりが眩しい夜だ。

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