ep7.休息と夜

 冒険者ギルドに併設された宿屋の一室。

 ルルをベッドに休ませ、俺はその隣に座った。

 リリが薬草を持って部屋に入ってくる。


「ユウリ、ユウリも寝てないとダメなのですよー」


 リリが心配そうに声をかけてきた。


「……ああ、俺は大丈夫だから」


 かすり傷がいくつかできているのと、疲れはあるものの、動けないほどの疲労ではない。

 こんなもの、連日の徹夜に比べたら……。


 サービス終了決定前は、売上を上げようと強めの限定武器を乱発してしまった。

 召喚士のルルにも、かなり負担をかけたに違いない。

 ルルを見つめながら、俺はそんな事を考えた。


「……ユウリさん。そんなに見つめられると恥ずかしいです」


 ルルはモゾモゾと布団で顔を隠すそぶりをした。


「はいはーい。薬草飲んでくださいー

今回は魔法で生成せずにちゃんと草から抽出したんですからー」


 俺とルルの間にリリが割り込んできた。


「なるべく美味しくしましたからー。

一度飲んだら忘れられない味に仕上がってますよぅ」


ルルと俺は手渡された薬草を見つめる。


(なんか、色が不穏なんだが……)


 見るとそこには、毒々しい紫色の液体が、ふつふつと音を立てていた。

 ルルの方を見ると、ルルはにこっと笑って、「いただきましょう」と言った。


(こ、これが普通なの、か……?)


 戸惑いながら口をつける。


「マズっ!!!!」


 思わず声に出た。

 強烈な渋さと苦さに、悪い方向に甘みが作用して、一度飲んだら嫌でも忘れられない味。


「うふふ、我慢して飲んでください。ユウリさん」


「ルルは平気なのか」


「はい、美味しいですよ」


「いや、さすがにそれはない」


 笑って話すルルを見て、俺は安心していた。

 これで、ひとまず死亡フラグは回避できたのか?

 三日後に死亡シナリオの実装とはいえ、ルルが魔族に捕まりさえしなければ、死亡する原因は無くなったはず。


 気づけば日も暮れていた。

 この世界のことは大体頭に入ってはいるが、それでもイレギュラーなことはある。


 薬草が甘いか苦いかなんてものは設定していなかったし、そもそも俺がルルを助けるシナリオなんてものも存在しない。

 キャラクターだって、大まかな性格は設定したものの皆意志を持っているのだ。


 ……もう少し、この世界を見て回った方が良さそうだ。

 まだ、ルルについても安堵は出来ないし。


「あの、ユウリさん」


「なんだ、ルル」


「ちょっと、聞きたいことがあるのです、あ……その、リリはちょっと席を外して貰いたいの」


「え〜?なに〜?二人っきりになりたいって〜?やらし〜な〜?」


「そっ、そうじゃなくてっ!もう!」


「はいはい、じゃ、ごゆっくり〜」


 リリは飲み終わった薬草のカップを回収して、ぱたぱたと手を振りながらドアの外へと出て行った。



 二人だけの空間。

 少し開けられた窓は、夜になる前の少し冷たい風がカーテンを揺らしていた。


「そ、その……」


「何?ルル」


「あっ、えっと、まずはちゃんとお礼を言いたくて。

ユウリさん、本当にありがとうございました。」


「うん。少し傷を負わせてしまったけど…無事で良かった」


「それでっ、その……

わ、わたし、死んじゃうんでしょうか……」


 ルルは不安げに俯く。

 三日しか猶予がなかったため、協力を仰ぎやすくなると思いルルに告げてしまったが、ルルが一番不安だろう。告げない方が良かったかもしれないと、少し後悔した。


「変な事言ってごめん。ひとまずは、脅威は去ったと思う。また危なそうになったら助けるから、安心して」


 ルルは瞳に涙を溜めながら、顔をあげて笑った。


「はい。信じちゃいます」


 俺は、そろそろ街を見てこようと立ち上がるが、ルルに静止された。


「あの、もう少し一緒にいたいって言ったら、だめ、ですか?」


 少し俯きながらそう呟くリリだったが、その顔には先ほどまでの不安げな色はなかった。


 俺はもう少しだけだよ、と腰を下ろす。


 もうすぐ、夜が来る。

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