ep6.運命の反転

 エルダの属性は【闇属性】

 【光属性】とは互いに弱点となる、魔族に多い属性だ。

魔力は高いが、体力はない。

 負傷している様子は見てとれないが、実は片目が見えておらず、遠距離での攻撃は命中率が低いという弱点がある。

これを駆使して距離を離しながら戦えばなんとかなるだろう。

 幸い、体力は低い相手だ。まあ、俺も体力に自信はないが……。


 一方で、ルルが死ぬ時のシチュエーションはこうだ。

エルダに連れ去られたルルが、召喚の力を無理矢理使わされ、反抗したところを殺される。

 この戦闘に勝ち連れ去られることを防げれば、そもそも魔族の手に落ちることはなく、死のシナリオは変わるだろう。


 俺にあるのはN武器だけ。

 そして、リリは妖精族の【光属性】

 リリも召喚士とはいえ、多少は魔法の心得はある。


「リリ、ルルを取り戻すために協力してほしい」


 怯えるリリだったが、小さく頷く。


「できるんですか?」


「ああ」


 エルダはリリを見ると、にやりと笑った。

 ルルを抱えたまま、ゆらりと体勢をこちらに向ける。


「召喚士の妖精がもう一匹いるなァ……」


 エルダは突然赤黒い光を放つ。


「きゃ……っ!」


 咄嗟に俺はリリを庇う。

 庇った勢いと、エルダの攻撃の反動で地面に倒れこんだ。


「一旦距離を取るぞ、ここは街中だし広場の方へ」


「はいです!」


 放たれる魔法を避けながら、エルダから距離を取るように走る。

 リリにはなるべくエルダを翻弄しながら飛行するよう指示をした。

 さすがに新規冒険者の俺と魔族との追いかけっこは厳しいものがあるからだ。

 少しでも敵の的が分散してくれた方がいい。

 こちらから仕掛けるタイミングを図りながら、リリには「連続攻撃を仕掛けて敵の体力を減らすこと」と「距離を取りながら攻撃をすること」を告げる。


 リリは「初めて冒険にこられた方ですよねー?」と不思議がっていたが。

 まあ、今はそれどころではない。


「リリは飛んで遠くから攻撃を仕掛けてくれ。俺はその隙に接近してルルを取り戻す」


「はい、問題が二点あります」


「なんだ?」


「攻撃がルルに当たる可能性があるのと、ユウリさんが危ない目に遭う可能性が高いです」


 これは俺も確信が持てたわけではないが、ルルの死亡フラグは三日後のシナリオ更新と同時に立つ。

 逆に言えば、それが更新されるまでルルは絶対に死なないということだ。

 ここでは多少無茶をしても大丈夫だろうという予感めいたものがあった。


「大丈夫だ、問題はない」


 詳しく話している暇もなく返事はそれだけであったが、リリは何かを悟ったのか、それ以上問うてはこなかった。


 魔族が攻撃を仕掛け、その土煙が舞い上がる。

一瞬、魔族からこちらが見えなくなったその瞬間を見計らい——


「リリ!今だ!」


「はいです!」


 リリは呪文を詠唱し、光の魔法陣を描き出す。

 幾多の魔法陣からは、眩い光魔法が放たれる。


「ぐううあああ!!」


 エルダは不意をつかれ、攻撃を避けることもままならない。


 俺は接近し——

 N武器の剣で、エルダの腹部に突進していった。


「ぎいああああああ!!!!」


 エルダの叫び声が響き、ルルが投げ出される。

 俺はルルを咄嗟に抱きとめたが、その反動で地面に倒れこんだ。


 エルダは腹を押さえる。

 その腹からは血のような黒く禍々しい妖力が溢れ出ていた。


「人間風情めが!!!」


 エルダは激高し、俺の胸ぐらを掴む。

 そのまま俺は持っていたN武器を逆手に持ち、エルダの見える方の目にあと数センチで刺そうというところで止めた。


「……こっちの目も、見えなくなるが」


 俺はキッとエルダを睨みつける。


「いいのか?」


 エルダの余裕は完全に消えていた。


「くっ、なんでお前それを……」


「ルルにもう手を出すな」


 少しでも動けば刺してやるつもりでいた。

 だが、こいつ自身も俺が生み出したようなものだ。

 なるべくなら、魔族だって救いたいという思いが頭の隅をよぎる。


 エルダは痛みもあるのだろう、顔を歪め、禍々しい黒い光を纏いながら魔界へと消えていった。

 辺りを覆っていた不穏な空気が晴れていく。

 街の人々が次々に歓声をあげている。


「ルル!!大丈夫か?」


 腕の中にいるルルに声をかける。


「うん……?あれ……ユウリさん、わたし……?」


 ぐったりとはしているが、意識はある。

 外傷も致命的なものはなさそうだ。


「ルル~よかったわ。ユウリさんが助けてくれなかったら、危なかったの」


 リリがルルの顔を覗き込む。


「リリ……」


 まだ状況が呑み込めていないようだったが、ルルは小さく笑った。


「……ユウリさん、わたしはだいじょうぶ、ですよ」


 ルルがそっと俺の頬に触れる。


「泣かないでください」


 俺は安堵からか、気づけば涙を流していた。

 あるいは、自分への自責もあるのかもしれない。


「泣いていない……」


「はい、ユウリさん、ありがとうございます。

私、危なかったんですよね」


 俺はルルを抱きしめていた。


「あ、ご、ごめん、傷、痛いよな……」


「いいえ、全然ですよ。もう少しこのまま……です」


 ルルは弱々しく、しかし精一杯の力で抱きしめ返してくれた。

 傷が痛んでなどいないかのように、いつまでも、そうしていた。

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