タイムリーパーと魔王

朝霧

タイムリーパーの絶望

 唐突に、私はタイムリーパーになった。

 意識だけを過去に飛ばすことができる力を、なんの前触れもなく手に入れた。

 だから、大好きなあの人のために過去に戻った。

 戻ったのは二十年前、あの人の七つの誕生日。

 彼が大切なものを失う日。

 彼の両親が、死んだ日。

 幼い身体を引きずって、私はその日彼の家の近くにやってきた。

 そうすると、聞いていた話の通りに彼が住む小さな家の裏の方で怪しげな男が何かをしている。

「おじさん、何やってるの?」

 子供らしく無邪気に無垢に話しかけると、放火魔であるその男は慌てたように何かを早口で言って逃げていった。

 私は思わず笑みを浮かべる、なんだこんなに簡単なのか。

 これで彼の両親が死ぬことはないだろう。


 それからも、私は彼の不幸の元を密かに絶ち続けた。

 親を失い、友を失い、恋する人を失い、弟妹を失い、仲間を全て喪って、最後には魔王に成り果ててしまったあの人の不幸を、一つづつ丁寧に。

 ついでに私の人生も変えようと思ったことはあったけど、さほど変えはしなかった。

 だって、あの人の不幸を断つにはある程度の自由が必要だったし、だからこそあのクソみたいな家は好都合だったのだ。

 それに、私の人生が詰んだその時にはすでに彼の不幸は全て終わっていて、魔王への一歩を踏み出し始めた頃だった。

 だから私の人生はこのままでもいい、というか実は変える余裕も気力もなかった。

 そうして十年が経った。

 あの人の不幸はほとんど全部防げた。

 基本的に事件の割合が少なく、事故が多かったからこそ無能な私でも結構なんとかできた。

 親を失わず、友を失わず、恋する者を失わず、弟妹も失わず、仲間も失わず、あの人は笑顔が似合うステキな青年に育った。

 魔王だった面影など、影も形も見当たらない。

 敵も無辜の民も顔色一つ変えずに殺し、夢見ることを恐れて眠れず、冷たい掌で私の頬を撫でたあの人の面影は、ひとつもない。

 だから、遠目に幸せそうな彼の顔を見たとき、愕然とした。

 絶望したといってもいい。

 あの青年は、違う。

 私が知っているあの人じゃない、私が笑ってほしかったあの人じゃない。

 だってあんなにも違う。

 あの人はあんな風に笑わなかった、敵に慈悲や情けもかけなかった、誰かに優しくなんてしなかった。

 しかしそれもそうだった、だってあの青年にはあの人を魔王に至らしめた絶望がひとつもないのだ、元が同じだったとしても全く違う人生を歩んだのであれば、それはもう別人と言っていい。

 ああ、なんてこと。

 あの人はもういないのだ。

 私が、あの人をあの人たらしめる全てを壊したのだ。

 だからもう、私は永遠にあの人に会えないのだ。

 これはきっと、死別よりも酷い断絶だった。

 だってもう誰もあの人を覚えていない、私だけしかあの恐ろしくて哀しい人のことを覚えていない。

 これを望んで過去に戻ったというのに、勝手に涙が溢れて止まらなかった。


 自分で勝手にやったことで身勝手に泣いて、明日私は二度目となる十七歳の誕生日を迎える。

 だから今、私は廃塔の階段を登っている。

 同じことを繰り返すのであれば、私は明日父親の借金のカタに売り払われるのだ。

 思い出すだけで悍しい日々が、明日からまた始まる。

『前回』はその地獄みたいな日々の中であの人に拾ってもらえたけど、今回はそんな奇跡みたいなことは起こらない。

 だって、あの人はもういないのだから。

 だから、その前にこの人生を終わらせる。

 今更あの人以外の他人に触られたくない、それに触らせるなという御命令も頂いている。

 私の記憶の中にしかもうあの人はいないけれど、その優しい命令には背きたくない。

 だからひたすら階段を登って、天辺へ。

 夕空がよく見えた、茜色の空を見上げると心地いい風が吹き抜けていく。

 ああ、綺麗だ。

 最後にそんなことを思って、私は廃墟の塔の天辺から落下した。

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