第13話 天敵と遭遇

美波に振られてやけになった事を思い出そうとする尚弥に、今じゃないと焦った私は尚弥の手を握って言った。


「無理に思い出そうとしてはダメよ。頭を打ったのだから、負担になるでしょ?自然に思い出すってドクターも言ってたし。ね?…そう言えば、私今日は朝からなんだか疲れちゃってたの。でも、先輩に貰った高級チョコ一粒ですっかり元気になっちゃって、あれは何かハイになる成分でも入ってたのかもしれないわ。それでね…」



美波は会社は違うけれど、似たような仕事内容だったので、そこでの嘘は必要なかった。お昼に何を食べたとか、くだらない話をしてしまったが、聞いてる尚弥の顔が明るくなったので嬉しく感じた。


気がつけばもう結構時間が経っていたので、そろそろ帰ろうと椅子から立ち上がって言った。


「今日はもうこれで帰るわ。明日はちょっと来られないけど、明後日にもう一度来るわね?今よりきっと良くなってね、約束よ?」


そう言う私の顔をじっと見つめると、尚弥はにっこりと微笑んで手を伸ばした。私が差し出された手を握ると、ぎゅっと握って言った。


「君が来るのを楽しみに待っているよ。気をつけて帰ってね。」



私がミッションを終えて、ホッとした気持ちで病室に近いエレベーターに向かっていると、正面からあの男が歩いて来た。橘征一は、少し戸惑う様な表情で私を見つめると言った。


「…来てくれていたのかい?」



「約束ですから。失礼します。」


私がそう冷たく答えると、少し困った顔をして車で来ているから送ると言い出した。私はなんとなく、これ以上この男と接近するのは不味い気がして、本当はまっすぐ帰る予定だったけれど嘘をついた。


「これから人と会う約束してますから結構です。」


すると少し怖い顔をして、誰に会うのかと問い詰めてきた。私はまたムカついてきた。どうしてこの男はこんなに私に偉そうなの⁉︎



「あなたには関係ない話です。失礼します。」


そう言うと、ちょうどやってきたエレベーターに飛び乗った。ほんとに何なんだろう。しかも私はどうしてこんなにイライラしてしまうんだろう。元々温厚で、あまり他人に腹を立てる事なんてほとんどないって言うのに。


私の天敵なのかもしれないな。私もこのミッションが終われば、もう二度と会わなくていいんだ。私はそれだけを励みに頑張ろうと、足早に駅に向かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る