第12話 お見舞いに行きました

私が男のことをイケメンだと言うと翼は納得した様にニヤつきながら言った。


「そうなんだ。まぁ日向コーポレーションの課長さんなら身元もはっきりしてるし、何か困ったことにはならないんじゃないの?美那は、放っておくことが出来ないタチだからしょうがないわね。出来る範囲でやればいいんじゃない?それで今日もお見舞いに行くの?」


「ええ。行くつもりよ。用もないしね。」



私は心のどこかで、翼の賛同が得られたことに少し安心して、これでいいんだと自分を正当化したような気がした。仕事が終わる頃には、私の気分もすっかり普段通りになっていた。


ちょっとした小さなブーケを手に持って、病室の扉から顔のぞかせると、ベッドの上から弟の橘 尚弥が、顔をこちらに向けていた。起きていたようだ。


「お加減はいかが?」



私はうっかり美波に擬態するのを忘れて、いつもの私らしく声をかけてしまった。美波だったら、もう少し可愛らしく話しかけるのではないだろうか?私は少しドキドキしながらベッドに近づくと、尚弥は黙って私を見つめていた。そしてにっこり微笑むと言った。


「今日も来てくれたの?ありがとう。昨日は眠っている間に帰ってしまって、寂しかったよ。ミナ、キスをしてくれないの?」


私は覚悟を決めてベッドの側にかがみ込むとひんやりする頬に口づけた。弟は何か言いたげだったけれど、言わなかった。



私は体調について、あれこれ尋ねたけれど、尚弥は上の空で私の顔を見つめ続けた。私はこんなに近くにいたら美波でないことは明らかだと焦って、ブーケを見せてアレルギーが無ければ飾るわねと、席を立った。


私の様子を見て、嬉しそうに笑う尚弥の顔を見ながら、私はつくづく美波がどうしてこの男を振ったのかわからないと思った。きっと10人女の子がいれば、10人とも好きになってしまいそうな男だと思ったからだ。


「…俺の顔に何かついているかい?」



私が凝視したせいで、尚弥に怪しまれた気がして、慌てて答えた。


「いいえ、ただずいぶん顔色が良くなったなぁと思っただけなの。すぐに元気になるわ。記憶も思い出せるでしょうね。」


私の言葉に、少し考え込みながら尚弥は答えた。


「階段から落ちたらしいんだけど、その時のことを全然覚えてないんだ。まぁ、痛みを覚えてなくて良かったけど。その前の数日のことも全く思い出せない。俺は酒に強いから、階段から落ちるほど飲むなんてないと思うんだ。よっぽどショックなことがあったのかな。」



そう言って私を見上げる眼差しは兄征一によく似ていて、私は胸がドキドキした。兄の眼差しに似て怖くてドキドキしたのか、従姉妹の美波のふりをしている罪悪感でドキドキしたのか、よく分からなかったけれど。

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