第4話 タクシーの中で
勝手に二人でタクシーに乗って病院へ行く事を決めてしまった橘という男は、そう言いたいことだけ言うと、さっさとドアから出て行ってしまった。
私はまたもや向こうのペースに巻き込まれた事に、半ば愕然としつつも慌てて着替えた。少しだけ従姉妹の美波に雰囲気を寄せて、メイクと髪型を直すとマンションの下へ降りて行った。タクシーの前でイライラしながら立っていた橘は、私を見つけると一瞬目を見開いた後、ホッとしたように私をタクシーに誘導すると、有名な大学病院の名前を運転手に伝えた。
動き出した車中で私の方を見ると、感心したように言った。
「コスプレが趣味で良かった。おかげで、さっき見た写真の従姉妹によく似てる。そんなに雰囲気が変わるなんて驚きだ。まぁ、私はさっきの小悪魔の方が好きだけどね?」
私は前を向いたまま、ぶっきらぼうに言った。
「人の趣味の事をあれこれ言わないで欲しいです。それより弟さんの名前を教えて下さらないと、美波の代わりは出来ません。」
私は隣に座る男の張りのある太腿にピッタリ誂えてある、品の良い明るいブラウンのコットンパンツを眺めるともなしに見つめていた。ズボンの上に置かれた大きな手は節張っていて、何かスポーツでもやっているような手だと思った。
清潔感のある指先から辿って、紺色のピッタリしたVネックの綿ニットに目を移すと、やっぱり予想通り厚めの胸筋を感じさせた。Vネックから伸びるすんなりした首筋は綺麗で、私はそのまま視線をあげた。
「…目の保養になったかい?君のお眼鏡に叶うと良いんだが。ククク。」
私は目の前で面白そうに口を緩めて、片眉を上げている男の顔をまじまじと見た。面長の一見日本人離れした顔は、よく見ると切長の目元が涼しげだった。見れば見るほどイケメンで、私は何だか悪口を言う部分が減っていくような気がしてムカついてきた。
「ふふ。弟の名前は橘 尚弥。26歳だ。‥君は、いや、従姉妹のミナミ?は幾つだったんだ?」
私は橘の方を向かないように努力しながら、極力冷静な声を意識しながら言った。
「美波は24歳です。私とは同い年で、昔から仲が良くて一年前からルームシェアしてるんです。」
橘は相変わらず私の方を向いて言った。
「…案外見た目と中身は一致しないものかもしれないな。一見、清純そうな君の従姉妹は男にだらしなくて、経験豊富そうな君がウブだとか。まぁ、今の君は、さっきと違って随分お淑やかに見える。流石、コスプレ好きだね。」
私は決して褒められていないニュアンスを読み取って、顔を顰めて橘を睨みつけた。
「私、もう帰っていいですか?別に行きたくて行くわけじゃないんですけど。」
橘は参ったなと頭を掻きながら、弟の話をし始めた。
「私と弟は少し歳が離れていてね、そのせいかどうしても弟の我儘に付き合ってしまう。ちなみに私は今32歳で、未婚だ。」
そう言って、私と目を合わせた。私はなぜかその眼差しから目を逸らせなかった。
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