第5話 黒い集団 その1

「謀られたって。」


クリスとジュンは目から鱗で、目を大きくし口を半開きで驚いている。


「依頼結果が良くないことが続いたとか。」

「いいや。大変満足したとの返答だった。」


仕事への評価もいい。人から恨みを買うようなことも思い当たらない。

カー署長には少しでも心当たりがあるようだが、問うても素直に教えてくれそうにない。


「兎に角、引き受けたことになってしまったのだから、ジュンには仕事をしてもらう。」


クリスはちょっと考えていたが、カー署長の発言に軽く数度頷く。


「その方がいいとオレも思います。ただ、ジュンの身に何かあったら困る。オレも助手として同行させてください。」

「そう言うと思ったよ。もとよりそのつもりだった。頼むよクリス。」

「はい。」


二人の会話が進む隣で、ジュンは立ちすくんでいた。

足の裏から背筋を通り、ぞわぞわと恐怖が上がってくる。

固まっているジュンの背中を、ポンッ、と、軽くクリスが触れる。おかげで我に返り恐怖が少しずつ引いていく。


「ジュン、大丈夫だ。安心しろ。」

「うん。」


恐怖は少しずつ引いてはいるものの、一つ疑問が残る。


(俺を指名してきたってことは、俺が狙われてるってことだよね。)


ジュンの心の内を知ってか知らずか、カー署長の一声で物事が動き出す。


「さあ、覚悟が出来たのなら仕事! 」

「あの、署長。通信部の依頼内容を送信してください。」


ジュンに言われて、カー署長の表情が曇る。

電源が落とされたままの空中ディスプレイを、再起動させる気がないようだ。


「内容については私が口頭で伝える。簡単な仕事だから大丈夫。」

「通信関係だから道具は必要なしですね。」

「道具用のロッカーに入っている、点検ツールを持って行ってちょうだい。」

「点検ツールですか? ネット上ではないんですね。」


だいたい通信部からの依頼はネット上のプログラムエラーの有無を見るとか、ネットワークが上手く繋がっているかを確認することが多いので、物理的な道具を使うことがないのが通例なのだ。

今回、点検ツールという物理的道具を使うのが、不吉な予感を増大させてくる。

カー署長にはジュンの考えが手に取るように分かるらしい。


「クリスが一緒だから大丈夫でしょ。」


クリスはカー署長に力強く肩を叩かれた。


「ああ。オレがいるんだから大丈夫。」


ジュンは頷くと、道具用のロッカーから点検ツールを持ち出す。

それを認めたクリスは、優しい表情で首を縦に振る。


「よし! 準備はできたな。早く行ってすぐ終わらせよう。」


クリスの後ろに続いて事務所を出ていく。


(なんでこんなに不安なんだ。何に怯えているんだ。)


なかなか消えない、ほんの少しの不安が気になって仕方がない。


(きっとイレギュラーなことが起こりすぎているせいだ。そうに違いない。)


現場に着くまで、心の中で自分を励まし続けた。

それでも完全にはなくならない。人間とはネガティブな思いを長く引きずりやすい生き物なんだな。と、客観的になって見ている自分もいる。


「カー署長が言ってた場所はここだ。ここで回路のケーブルを見て欲しいとのことだ。」

「ここって。何もないのですが? 」


ジュンはクリスが教えてくれた場所を、まじまじと見ては床や壁を軽く叩いて、ハッチのようなものがあって取っ手が飛び出してきてはくれないかと、期待をしていたのだが。なかなか出てこない。


「考えてることは分かる。けどそうじゃないんだ。依頼には作業開始の時間が指定してあるんだ。」

「時間指定? ますます理解できない。」


通常の依頼ではないことを、再確認させられた気分になり頭を抱えた。


「真面目に考えすぎだ。楽観的に考えることも大切な時だってあるんだ。」

「それが出来たらこんな人間にはなってません。」


自然と仕事モードに切り替わっていることに、内心驚きながらも小型の空中ディスプレイを開こうとするが。


「あれ? 俺の電源が落とされてます。原因は不明。」

「原因はお前に依頼内容を見せたくないからだろう。オレのも開こうとしたがうんともすんとも言わん。」


クリスの空中ディスプレイの電源も落とされている。

一体何故だ。

たかが点検のためにこんなに限界態勢を取るなんて。


「とてつもないトップシークレットな仕事だったりします? 」

「そうだろうな。」


クリスが真剣な表情で答える。彼は時刻を見ると「時間だ。」とぽつりと言った。すると、ジュンが散々調べていた壁の一部が、ガチャ、と軽い音をたてて浮き出てくる。

そこには今までなかった円形の認証パネルがあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る