第2話 コンベアは行く。

終業時間近くになり一層騒がしくなるフロア。

巨大なドームの中は、各企業の事務所など仕事ごとに区切られている。

自身が所属する社へ行くには、必ず受付を通らなければならない。

受付はゲート入口正面にあり、定時で仕事を終わらせた人々が自動ドアからはき出されるように出てくる。

そこへゲート外から扉をこじ開けるように中へ入ってきた者がいた。

吹き込む強風と共に砂粒を纏いながら入ってくると、その場に倒れた。側で見ていた者は手を貸そうと近づくが、後から続けて入ってきた者に拒まれる。


「すみません。触れないでください。すぐに洗浄ルームへいきますので。」


倒れこんだ人物よりは小柄な者が、急いで扉を閉め固定しながら言った。


「外の嵐は当分止みそうにありませんよ。」


騒がしい現場に後から来た人々は「お疲れ様」と声を掛け、何事もなかったかのように通り過ぎていく。


「先輩。ここで寝ないでくださいよ。」

「ああ、寝るには硬い。」

「あのねー。」


呆れたように言うと、先輩の両脇下に手を入れ、胸部を抱きかかえる様に上半身を起こし、少しずつ引きずりながら部屋の中へゆっくり入っていく。

部屋の中は何とも奇妙な造りで、入って直ぐ目に入るのは長く続く大きなコンベアだ。


「先輩、立てます? 」

「支えがあれば。」


横から伸びてきた、先端に小型のカメラが取り付けてある細いアームが、宇宙服の上から顔と声で認識し、彼の望み通りになるようにした。

支えに自ら寄り掛かるというよりも、支えとして両サイドから現れた鉄製の細長く分厚いブロックに、挟まれているという格好になる。それを見ていた後輩は思わず小さく笑いをこぼす。


(何年経過してもこれは慣れない。)


宇宙服を身に着けたままコンベアの上に立つ。

ゆっくりと先を行く彼と同じように、体を両サイドからブロックに挟まれてしまった。


「あ? ちょっと! 俺は支えはいらないから。」


挟まれた両腕に力を入れ左腕を先に抜く。それがきっかけとなり、全身を抜くことが出来て安堵する。

続いての難関は全身の洗浄。

この段階が一番辛い。

全身くすぐられているみたいで、長時間笑いをこらえるのが大変なのだ。終わってコンベアから降りる頃にはぐったりしている。


「よ、余計に疲れた。」


小声で繰り返しながら正面の扉に入っていく。数メートルの通路は前へ進むにつれ、温度が少しずつ上がっていくようになっている。

宇宙服を着ていたとはいえ、外気温にあたりながら動いて汗をかいた体は多少でも冷えている。ヒートショックで倒れたり、体調を崩すことを予防するための配慮ということらしい。

仕事で疲れた体を癒せると考えればありがたいと思える。

さらに扉の奥へ進むと、広々とした場所に個室型シャワールームがいくつも並べられている部屋に入る。コンベアはここで終わりだ。

そこはすでに、力仕事で一汗流しに来ている者たちで賑わっていた。


「あれ、毛色の変わったのがきたな。」

「珍しくもないだろ。昨日もここで会った。」


ムッとした顔で言い返す。

言葉の返しに笑える要素は何一つないのに、指をさして笑い声をたてている。


「ジュン、相手にするなよ。」

「うん。分かってる。」


シャワールームに入るだけで、終業したと同じ扱いをする企業があるため、二人も他の人と同じく砕けた言葉遣いで話すことにしている。

先輩はドーム外の仕事が多いため体を鍛えているのか、素晴らしい筋肉の持ち主だ。個室からひょこっと出てきた先輩の体をじっと見るジュン。


「どうした。どこか傷でもあるか? 」


穴が開きそうなほどじっと見ていたのは、鍛え抜かれた体の証であるシックスパック。自身の体はと言うと。

なんともいえない。


「なんでもないよ。クリスが羨ましい。」


クリスと呼ばれた先輩は、湯で濡れた金髪を大きく揺らしながら笑う。


「こればかりは仕方ないだろう。体のつくりが違うんだからな。」

「えー。クリスとジム行った後も部屋で運動してるのに。」


遠い目をして、自主トレーニング中の自分の姿でも思い浮かべているのだろうか。

目線を自分の腹部にもっていくと深いため息をついた。

そんなジュンをクリスは愛しそうに見ていた。

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