雨霧保

あめ先生、もう決めました?」

「あぁ」


 俺は自宅近くのファミレスにいた。前に座っているのは出版社の若手編集者。

 そう、ついに俺は書籍化を果たした。


 雨のバス停で握手をしたその日から、俺はユキとの生活を題材にした漫画を描いて、SNSに投稿した。すると、それから一週間足らずで多数の『いいね!』をいただき、一躍注目を集めた。ここで有頂天にならなかったのがよかったんだろう。そのままの調子で俺の漫画はどんどん人気になった。そして一年後、書籍化の話が持ち上がったのだ。それももう十年以上前の話。

 今では超がつく有名漫画家になって……なんてことを当時は想像したが、現実はそう甘くない。でも俺は一定数いる昔からのファンのために描き続けた。五年ほど前に一度だけ、アクション漫画も描いてみたことがあるが、出版社からOKが出なかった。やっぱり向いてないみたいだ。


「じゃあもう注文しちゃいますね」


 店員を呼び、注文を済ませた。何気、他人と食事を共にするのは久しぶりかもしれない。今日は打ち合わせも兼ねている。食費は向こうが出してくれるから、少しいいものが食べられる。


「あの、本題に入る前に、ちょっといいですか?」


 彼が、鞄に手を突っ込んで何かを探している。そして俺の返答を待つ間もなく、一枚の写真を取り出した。


「僕、昔から漫画が大好きなんですよ。雨先生の漫画もよく読んでました。それでそれで、最近部屋の掃除をしてたらこの写真を見つけたんです」


 手渡された写真は、随分昔のものらしかった。よくこんなもの残ってたな。


「そこに写ってるのは、僕と、祖父と、飼い犬のシロです。ほら、ユキちゃんに似てると思いません? シロはもう大分昔に死んじゃったので、あんまり覚えてなかったんですけど、この写真を見つけて、それでそれで……」


 彼は目を輝かせて語った。俺は写真に目を落とす。

 一人の少年と、たしかにユキに似ている白い犬。


 そして、綺麗な白髪のお爺さん。


「……クソジジイ」

「え、何か言いました?」

「なんも言ってねぇよ」


 窓の外では雨が降っていた。

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