雨宮遥

「ほら彩音あかね、早く食べちゃいなさい。今日は華ちゃんのコンサートに行くんでしょ?」


 私は台所で皿を洗いながら、食卓でのんびりと食べている娘に声をかけていた。今日は二つ下の後輩である華のコンサート。コンサートといっても華はプロになったわけではなく、市民楽団に所属している。本業は音楽教師だ。

 そして私は今も陸上を続けている。選手としてではない。小学生を対象とした陸上教室。そこでコーチとして働いている。結局高校時代にインターハイに出場することはできなかったし、大学に進んでもあまりいい成績を残すことはできなかった。そう、私は井蛙せいあだったというわけ。でもだからって辞めようなんて思ったことはない。だって、陸上が好きだから。

 主に生計を支えていた父親を失ったことによって、今まで通りの生活が送れるなんてことはなかった。陸上用具もかなりシンプルでチープな物になったし、ボロボロになるまで使った。走れればそれでよかったんだ。


「ねぇー雨降ってるじゃん。外出たくないー」


 気が付けば娘が私の目の前にいた。娘はまだ幼く、最近日本語が流暢になってきたくらいだ。

 たしかに今日はひどい雨だ。やっぱり華は雨女だな。外を眺めて私は笑みが零れる。


「コンサートはどうせ屋内なんだから関係ないでしょ?」

「あるもん。濡れるのヤダもん。寒いもん。うるさいもん」




――「そうかな。私は雨、結構好きだけどな」

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