雨宮遥―⑥

 ホールからホワイエに飛び出し、そのままの勢いで外に出る。


 私は自動ドアから外に出た瞬間、ギリギリ屋根のある場所で立ち止まった。

 雨。大雨。さっきまではそれほど強い雨でなかったのに。


『どうして陸上を続けていたんですか?』


 あの日のことが不意にフラッシュバックする。別にこの程度の大雨、夏なら珍しくないのに。あの日、雨が降っていなかったら。あの日、陸上の大会が予定通り行われていたら。あの日、父親が仕事に行かなければ。


『どうして陸上を続けていたんですか?』


 あの日、あの日がなければ、

 陸上を辞めることはなかった。


 私は、父親のためだけに陸上を続けていたのか?

 それではまるで、強制的にやらされていたみたいではないか。

 たしかに父親に応援されて、褒められるから、頑張っていた。だけど、それだけ?


「遥先輩!」


 背後から声。その声の正体は、振り返らずとも明らかだった。


「き、来てくれたんですね! ありがとうございます!」


 華は息を切らしていた。走って来たのか。


「あ、あの、陸上、辞めるって、聞いたんですけど」


 どうして華がそのことを?


「誰がそんなこと言ってたんだよ」


 私は振り返らず答える。


「え、えっと……」

「辞めるわけねぇだろ」

「えっ」


 ゆっくりと振り返ると、久しぶりに笑顔をつくってみた。いや、零れた。心からの、笑顔。気味悪いと思われそうだが、そんなこと気にしない。


「だから、華も音楽、続けろよ」


 華は驚いたように固まっている。


「え、で、でも、あたし……」

「華ぁー! 探したよぉ! 写真撮ろうよー」


 華の背後から、同じ制服を着た女子が二人現れた。


「ほら、行ってこい」


 私は顎を動かして、彼女たちのもとに行くように言った。

 華は行こうとしない。


「華の音楽、私は好きだよ」


 そう呟いた。正直華の音を聞き分けられるほど耳が肥えているわけではないし、華が上手かどうかなんて分からない。でも、純粋に楽しんでいる華の姿が美しかった。そんな姿を見て元気づけられる人は多いだろう。そう、私のように。


「あ、ありがとうございます!」


 華は彼女たちに連れられてホールの中に消える。

 私は再び外の方を向いた。


 そうだ。私が陸上を続けていた理由。

 それは、好きだったから。

 走るのが、大好きだったから。

 だから、まだ走ってもいいはずだ。

 お金はかかってしまうけど、父親だって、自らの死が原因で娘が夢を諦めてしまっては成仏しきれないんじゃないか?


 雨は決して弱まっていない。あの日の雨に似ていた。私が恐怖し、避けていた雨。

 でも、全然違う。

 前の通りを車が水しぶきをあげながら行き交い、おそらく出場者であろう傘をさしている人たちが、笑いながら泣きながら歩いている。傘を持っていないのか、鞄を頭に走る学生の姿も見える。草木に雨粒が打ち付けられ、天然の音楽が聞こえる。

 これが、父親の言っていた、雨。

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