雨笠達郎―⑤
お金はかかる。でも、それも私が事故を起こしてしまったから。娘の夢を奪ったのは私だ。娘自身も望んでいるのだから、やはり……
雨の降りしきるバス停。屋根の下にあるベンチで私は一人
「あんた、大丈夫か、救急車でも呼ぼうか」
顔を上げると、右手に大きなレジ袋と桃色の傘を持った青年が立っている。
「い、いや、大丈夫だ。少し考え事をしていただけだよ」
「俺でよければ」
青年は左手に持っていた傘を閉じて、私の隣に腰を下ろした。
「実は、娘が義足をつけることになってしまったんだ。でも、走ることを諦めたくないみたいで、スポーツ用義足の購入を検討しているところなんだよ」
「そんなの決まってるんじゃないか。あんた、親だろ?」
青年は即答だった。
やっぱり、そうなんだろう。もうほとんど決めていたようなものだったが、今の一言で覚悟を決めた。
「そういう君は何をしているんだ。学生か?」
「俺は漫画家でさ、全然売れてないんだ。そういえば、聞いてくれよ」
青年は二つのエピソードを話してくれた。散歩途中に陸上ガール、駅で吹奏楽ガールに会ったことだ。たしかに、どちらも女子側からしたら気味が悪いかもしれない。傘を二つ持っているのはそういうことか。
「でも、君、そんな観察眼、なかなか持っているものじゃないと思うよ」
「へ?」
青年は
「折角そんなに周囲を観察するのが得意なんだから、そういう漫画を描いたらいいんじゃないか?」
「そ、そういう漫画?」
「ほら、日常系? 私もよくわからないけど」
青年は相変わらず疑問符を浮かべている。
「いやでも……」
「その袋に入っているの、ペットの餌とかだろう。例えば、そのペットとの日常を漫画にするとか」
それとほぼ同時にバスが来た。私たちは立ち上がる。
「漫画、頑張れよ」
「娘さんにも、頑張れって伝えておいてくれよ」
私たちは握手をした。
もし今夕焼けが綺麗だったり、雨が止んで虹が見えたりしたら感動的なシーンだったのかもしれないが、残念ながら雨は止む気配がない。病院に着いた時から、ずっとそれなりに降っていた。
ただ、来るときは恐ろしかった雨も、今では美しく見える。止まない雨はないし、止んだ後は虹がかかるかもしれない。水溜まりも青空を反射して鮮やかに輝くだろう。そのための雨。
雨はすべてを奪うものだと、あの日以来思い込んでいた。でも違った。新しい希望の前触れ。それが、雨だ。
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