雨池博―④
「じいじー、マンガ読んでてもいいー?」
「兄ちゃんに会う時には呼ぶからね」
今日は孫を一人連れてリハビリ専門病院にやってきた。三人いる孫のうちの一人が、サッカーの練習中に複雑骨折をしてしまったのだ。そしてその弟も夏休みに入ったので、兄に会わせるために連れて来た。いつもは離れて暮らす孫たちとの時間はとても楽しかった。
キッズスペースが見えるソファに腰掛ける。ふと隣を見ると、中年くらいの男性が座っていた。
「娘さん、もしくは息子さんですか?」
彼は驚いて私の方を見る。
「娘です。私のせいで事故に遭ってしまって」
それは、悪いことを聞いてしまったかもしれない。
「そうですか。嫌なことを思い出させてしまいましたね」
「いえいえ、もう二か月以上も前のことです」
男は、前を向いて話し始めた。
「強い雨の日でした。旅行の帰り道、カーブの多い山道を通っている時に、スリップして山肌に激突してしまいました。助手席にいた娘は大怪我で、病院に運び込まれた時にはもう切断しなければいけない状態でした」
淡々と話す男の顔は、最早悲しみなどを感じさせるようなものではなかった。話慣れているのか、あまりの衝撃にまだ現実を受け止め切れていないのか、それとも何かから逃げようとしているのか。
「娘は陸上部でしてね。走るのが大好きでした。でも、もう走れない。日常用の義足では、十分な走りができないそうです」
陸上部の足切断。これは選手人生に関わる。過去に担任した生徒のことを思い出した。たしか彼も同じ境遇に……
「私も、孫が骨折をしてしまいまして」
続けて私も孫のことを話し始めた。そして、孫はもう一人いることも。
もう一人の孫とは、同じ地区に住んでいるにも関わらずほとんど顔を合わせない。父親である私の息子が、私のことを
束の間の沈黙。
思い出した。あの彼はたしか……
「スポーツ用義足、ご存じですか?」
「ま、まぁ聞いたことはあります。でもそれって、誰もが買えるようなものなんですか?」
男は再び私の方を向いた。でも、その瞳から希望を感じることはできない。
「
直接医師などから聞いたわけではないが、彼はスポーツ用義足を使っていた。
「それを履けば娘もまた……」
「それでは、私は失礼しますね」
私は重い腰をなんとか動かして立ち上がる。キッズスペースの孫を手招きで呼んだ。
「あ、ありがとうございます」
その瞳からは、ほんの少しだけ希望を観測できた。私の経験が少しでも役に立ったなら、音楽を捨ててまで教師をやっていた意味もあったというものだ。
「いえいえ。お互い大変なこともありましょうが、これからの若者のためです。時には大人が頑張らなければいけないこともあります」
孫と手をつなぐと、面会のために病室へと向かった。
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