雨笠達郎―④

 病院に着くと、まず待合室で待っているように言われた。今日は偶然面会希望の人が多いんだそうだ。平日だし、雨だし、理由は見当がつかない。私はソファに腰を下ろす。


「娘さん、もしくは息子さんですか?」


 しばらくぼんやりとしていた私は、隣からかけられた声でふと我に返る。隣を見ると、一人のお爺さんが座っていた。


「娘です。私のせいで事故に遭ってしまって」

「そうですか。嫌なことを思い出させてしまいましたね」

「いえいえ、もう二か月以上も前のことです」


 私はそのまま事の経緯をお爺さんに話した。話を聞いている間、お爺さんの表情が曇ることはなく、終始穏やかな笑顔だった。だからって、別に嫌な気はしない。


「私も、孫が骨折をしてしまいまして」

「お孫さんが」


 続いてお爺さんが話し始めた。


「あそこで本を読んでいるのも私の孫です。今日は娘の代わりに私が来たんですよ」


 キッズスペースで漫画を読んでいる男の子を指して言った。


「お孫さんはお二人で?」

「いえ、もう一人。中学生が。今は私と同じ夢を追っています」


 夢。

 私の娘は夢を追うことができなくなった。

 『また、走れますよね?』


「スポーツ用義足、ご存じですか?」


 華ちゃんの言葉が再び反響し始めたその瞬間、それを制止するようにお爺さんが口を開いた。


「ま、まぁ聞いたことはあります。でもそれって、誰もが買えるようなものなんですか?」


 妻からそんな話は聞いたことがあった。でも、その話を聞いたのは事故の直後だったために『義足』という言葉自体に拒否反応を起こしていた。


勿論もちろんです。今は数万円程度で買うことができるらしいですよ」

「それを履けば娘もまた……」


「それでは、私は失礼しますね」


 スポーツ用義足は、日常用の義足と比べて板バネというものがあるおかげで段違いに運動がしやすいらしい。

 お爺さんはゆっくりと立ち上がった。


「あ、ありがとうございます」


 思わずお礼を言ってしまった。つい数十分前とは違う、不意に口から零れた感謝。


「いえいえ。お互い大変なこともありましょうが、これからの若者のためです。時には大人が頑張らなければいけないこともあります」


 お爺さんはそのまま、漫画を読んでいたお孫さんを連れて面会に向かった。

 

 スポーツ用義足は保険適用外らしい。でも、娘のためだ。贖罪しょくざい、というほどでもないが、私が娘のためにしてやれることはこれくらいかもしれない。

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