雨郡華―③
今日で一学期が終わった。あたしの地域は三学期制で、一学期が終わると同時に夏休みが訪れる。そして、夏休みが始まったということはコンクールはもう目前。最後の仕上げに入っていた。
それもあって終業式の後も練習をした。直前に追い込むのは身体にも負担なのでそこまで長い練習はしないが。今はその帰り道。小雨の中、ピンクの傘をさして歩く。でも自宅とは別の方向に進んでいた。
雨笠
事故に遭って重傷を負ったことは聞かされた。でも詳しい話は聞いていない。あたしはこの時代にしては珍しいかもしれないが携帯を持っていないために心寧と連絡をとる術もない。だからプリントを届けるという名目で直接行こう、ということだ。今日まで行かなかったのは、勇気が出なかったというのもあるが先生に止められていた。それでも行くのが親友だ、とも思ったが、あえてそっとしておくのも親友だと思った。
「あ、こんにちは」
心寧の家に着くと、心寧のお父さんが玄関から出てくるところだった。
「おや、華ちゃんじゃないか。こんにちは」
声色こそいつものお父さんだが、その雰囲気は今までに見たことがないほど暗かった。
「心寧ちゃんは、大丈夫なんですか?」
あたしはずっと気になっていたことを早速尋ねる。
その質問をした瞬間、お父さんは聞かれたくないことを聞かれた、という顔をした。
「ま、まぁ」
お父さんは苦笑した。
「あ、あの、遥先輩が陸上を辞めるらしいんです! だから……だからってわけじゃないけど、心寧ちゃんには辞めてほしくないんです! また、走れますよね?」
つい言ってしまった。まだ遥先輩が陸上を辞める、というのが本当かどうかの確認もできていない。それに、これでは心寧は遥先輩の代わり、みたいじゃないか。
たしかに心寧とあたしはよく遥先輩の大会を見に行ったし、心寧の大会に遥先輩と行ったこともあった。どうして陸上とは無縁なあたしがその輪の中に入れたのかは今考えても謎だが、三人でいる時間はとても楽しかった。これは紛れもない本当。
「ごめん、今から出かけるんだ」
お父さんはそう言うと、傘をさしてあたしの横を通り過ぎた。
「心寧ちゃんに! これだけ! これだけ渡してください!」
あたしはすぐに振り返ると、左手に持っていた手紙を突き出す。
心寧のために書いた手紙だ。
「今日は
お父さんは手紙を受け取ると、そのまま歩いていってしまった。
今の反応を見るに、心寧は今までと全く同じ、というわけにはいかないのかもしれない。
あ、プリント。
傘で弾む雨粒が、寂しげな音楽を奏でていた。
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