雨宮遥―③
雨。雨。今日も雨。夏に雨が多いのは至極真っ当なことだが、天の神様とやらが私を
傘を片手に俯いたまま自宅への道を歩く。本来なら校内を走り回っているところだろうが、もう私は部活に行っていない。何度か先輩や同級生、さらには顧問の先生にまで声をかけられたが、到底行く気になんてならない。ただ、私が父親を失ったことは風の噂で知っているらしく、執拗に理由を聞かれることはなかった。
携帯。アスファルトに携帯が落ちている。降りしきる雨に晒されている。顔を上げると、数メートル先に一人の男性が犬の散歩をしていた。この人が落としたのだろうか。
「あっ、あのっ。携帯、落としました?」
私は携帯を拾い上げると声をかけた。
男が振り返る。好青年、ではないが年は大学生くらいだろうか。
「あ、それ、俺のです。ありがとう」
携帯を渡すと、男は不器用な笑みを浮かべた。あまり外界と接触していない、所謂陰キャなんだろうな。
「君、陸上の子だよね。部活、ないの?」
な、なんで知っているんだ。私は苦笑いする。たしかにこの人は見たことがあるような気がするが、どうして部活まで。
人間は自分が認識していない人から認識されていると、有名人でもない限り多少の恐怖を覚えるものだ。それに、相手が相手だけに気持ちが悪い。
「そ、そうですけど。え、えっと、もしかして、『アメタツ』さんですか?」
私は仕返しとばかりにすぐに切り返した。
『アメタツ』というのはインターネットの漫画投稿サイトにて漫画を連載している一人の漫画家の名前だ。実は、携帯を返す時に待ち受けが見えてしまった。そこに写っていたのがアメタツの連載している漫画の表紙絵だったのだ。こんな無名の漫画家にファンがいるなんて思えないし、本人なんじゃないかってふと思った。
ちなみに私は陸上を失ってできた時間を使って、この手のサイトを徘徊しているので無名作家や無名漫画家について詳しい。
「え、知ってるの? アメタツ」
男はさらに不気味に笑う。私はやってやったとばかりに頷いた。
「まぁ、話はあんまりおもしろくないけど、絵は可愛くていいなぁって、思ってる」
私が嫌味な言い方をすると、男は不満そうな顔になった。
本人確定だ。やり返し成功! 心の中でガッツポーズをする。
「そ、そうだね。俺もそう思うよ。それじゃ、携帯ありがとね」
男は逃げるようにその場を後にした。
たしかにやり返しは成功したが、別に気が晴れたわけじゃなかった。
結局余計なことしかしないんだな。私。
雨が数分前よりも、幾分強くなったような気がした。
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